「第1回:高純度のライフカルチャープラットフォーム。」
「第2回:戦略ストーリーと『自由』。」はこちら>
「第3回:競争戦略は『平和』をもたらす。」はこちら>
「第4回:蓄積がもたらす『希望』。」はこちら>

※本記事は、2022年1月12日時点で書かれた内容となっています。

以前にもお話ししましたが、僕が所属している一橋ビジネススクールはポーター賞というアワードを運営しています。独自の競争戦略を実践し、その結果として高い収益性を達成している事業を表彰するというもので、2021年は3社が受賞しました。眼鏡のSPA(※)で知られるJINS、ホームセンターを展開しているカインズ、そして雑貨やアパレルのECサイト「北欧、暮らしの道具店」を運営しているクラシコム。いずれも秀逸な戦略ですが、今回はクラシコムの競争戦略についてお話します。

※ SPA:小売業が原材料の調達から製造、流通、マーケティング、プロモーション、販売までを一貫して行うビジネスモデル。製造小売業。

クラシコムのビジネスは、D to C(Direct to Consumer)の小売業です。Eコマースがこれだけ広まり、Amazonをはじめとするプラットフォームに自分たちの商品を載せて売るという企業が多いなか、クラシコムは「北欧、暮らしの道具店」というオウンドメディアを顧客接点として作り込んでいます。その名前からもイメージできるように、簡素なのだけれども豊かな暮らしに貢献することを目的としています。彼らが掲げる「フィットする暮らし、つくろう」という生活哲学に基づいてライフカルチャーを発信する。それに共感したり、興味を持ったりしたお客さんのコミュニティが形成され、雑貨やアパレル、コスメといったジャンルの商品が売れることで、収益が生まれる、という商売です。

これはインターネットが登場して以来、多くの人が思いついたアイデアです。リアル店舗がないので参入障壁が低い、拡張性が高い、顧客へのリーチが広い、顧客接点を作り込めるといったEコマースの強みが発揮できるからです。さらに、お客さんとの言語的なコミュニケーションがリアル店舗よりも頻繁にできることで、商品が売れる。

「北欧、暮らしの道具店」がずっと発信し続けている世界観にしても、ゼロから作られたものではありません。根底にあるのは、19世紀のイギリスの詩人であり、デザイナーでもあったウィリアム・モリスという人が主導した「アーツ・アンド・クラフツ運動」。日常の小さな出来事にこそ暮らしの豊かさは表れる。その積み重ねが生活にとって大切であり、その哲学がモノに宿るという考え方です。

この世界観は、インターネット以前からマガジンハウスなどのメディアが暗黙のうちに持っていたものですし、MUJIのコンセプトも方向性は同じ。クラシコムの発想そのものがユニークということではない。

ただし、です。アイデアが生まれて四半世紀が過ぎた今でも、それをきちんとやり切っている企業はほとんどない。「言うは易く、行うは難し」の典型です。多くの企業がオウンドメディアを使った戦略に挫折するなかで、ほとんど完璧な形で実践しているのがクラシコムであり、「北欧、暮らしの道具店」は文字通りライフカルチャーのプラットフォームになっています。

通常のEコマースですと、訪問者数や購入金額などをKPIとして追求していくのですが、クラシコムはそういうものを重視していません。アクセスする人の多くがオウンドメディアの記事を楽しむことを一義的な目的にしているからです。購入が起きるかどうかはあくまでも結果です。仮に購入金額をKPIに設定してしまうと、かえってライフカルチャープラットフォームとしての魅力を薄めてしまう。彼らがひたすら追求しているのは、あくまでもエンゲージメント数。そこがほかのEコマースとは違う。

ここで言うエンゲージメント数とは、例えばSNSのフォロワー数とか、YouTubeチャンネルの登録者数、アプリのダウンロード数。これらを追求していくと結果的にLTV(Life Time Value)(※)が伸びます。年間のお客さんの平均購入金額はずっと伸び続け、営業利益率15%以上という高い収益性を達成している。つまり、商売としてきっちりと儲かっている。

※ 顧客が自社と関わる期間(生涯)にもたらしてくれる利益。

クラシコムという企業の内部に目を向けると、社員の9割が元顧客だそうです。同社が発信する生活哲学に共感した人が、「この会社で自分も働きたい」と思う。「北欧、暮らしの道具店」というライフカルチャーのプラットフォームが、採用のプラットフォームにもなっている。人材を採用して育成するというより、もともと価値観・世界観が合っている人を採るというスタイルで、この人手不足の時代に採用倍率が200倍になっている。

こうして見ていくと、クラシコムという会社の商売の組み立ては、2012年にポーター賞を受賞したほぼ日(受賞時は東京糸井重里事務所)にかなり似ていることに気がつきます。ほぼ日も「ほぼ日刊イトイ新聞」というオウンドメディアでいろいろな記事を発信し、それに共感する人たちのコミュニティが作られ、その方々が最終的に何かしらの商品を買っている。そこにお客さんは高い価値を感じるので、売り上げとコストのギャップも大きくなり、儲かるという商売です。

この2つの会社が決定的に違うのは、クラシコムには糸井重里さんがいないことです。強力な発信力を持ち、コミュニティを作る軸になる人間がいない。しかも、「ほぼ日手帳」のように、毎年必ずたくさん売れて、しかもマージンが大きい商品があるというわけでもない。ライフカルチャープラットフォームとしてのEコマースが、より高い純度で実現されていると言ってよいでしょう。

この商売を作ったクラシコムの創業経営者が、青木耕平さんという方です。経営で何を大切にしているかと聞くと、青木さんは「自由・平和・希望」と即答しました。これは卓見でありまして、痺れました。優れた競争戦略とは要するに何なのか、僕が考えていたことをたった3つの言葉で非常にうまく表しているなと。

フランス革命は、Liberté, Égalité, Fraternité。つまり自由・平等・友愛でした。優れた戦略は自由・平和・希望。次回からは、その3つが意味するところについてお話ししようと思います。(第2回へつづく)

「第2回:戦略ストーリーと『自由』。」はこちら>

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

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この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

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「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
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