2021年11月29日、日立の研究開発グループによるウェビナー「問いからはじめるイノベーション―社会トランジションとAI」にて配信された、D4DR inc.代表取締役社長の藤元健太郎氏と日立製作所 研究開発グループの加藤博光による対談。これからのデータ利活用空間に欠かせないと藤元氏が説く「セミパブリック領域」、世の中から信頼されるに足る社会システムを構築する上で有用だと加藤が語る「S3アーキテクチャ」とは。

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「第1回:社会システムへのデータ活用の実例とは?」はこちら>
「第2回:公共と個人の間に設けるべき、新たなデータ利活用空間とは?」
「第3回:AIや多様なデータと、社会システムはどう向き合うべきか?」はこちら>

“縁側”のようなデータ利活用空間

丸山
個人のデータが社会システムに活用されることが果たして善いことなのか? という議論があります。この問題提起に対する1つのアプローチとして、公共と個人の利害を調停できるような新たなデータの利活用空間が求められてくるのではないかと思います。藤元さんはどうお考えですか。

藤元
わたしが以前から考えているのは、“縁側”をモデルにしたデータの利活用空間です。人が縁側に腰かけているとき、足は靴を履いたまま土の上にある状態です。その人は家に入っているのか、それとも入っていないのか、極めてグレーな状況です。だからこそ、そこではアンオフィシャルな交流が発生しうる。玄関から入ると公式訪問になりますから、受け入れる側も相手をもてなさなければいけません。縁側というセミパブリックな場だからこそ、気軽で緩いコミュニケーションが発生しうるのです。

これをデータの世界で考えたとき、パブリックなデータ活用の領域とプライベートな領域との間にセミパブリックな領域を設けることで、より柔軟にデータを活用できるコミュニケーションのアーキテクチャが生まれるのではないか、というのがわたしの仮説です。

この考え方は、企業間の壁を越えた交流を活発化させる上でも有効だと思います。縁側のようなしくみがあれば、異なる企業同士が緩やかに互いの発想やデータを持ち寄ることで、オープンイノベーションがより起こりやすくなるはずです。

デジタルが担保する、未来の公園の「信用と安心」

丸山
公共の視点からは、“縁側”をどう捉えればよいでしょうか。

藤元
未来の公園を想像してみてください。その公園の利用対象は、あくまでも地域住民です。その人たちが安心して利用できる空間にするために、どんなことができるでしょうか。例えば、地域住民全員を利用者としてあらかじめ登録しておく。公園には、その人たちを認識できるカメラを設置する。そうすれば、小さいお子さんでも安心してその公園で遊ばせることができます。

大切なことは、安心感をどうつくるかです。事前登録されていない方が入ってきてしまうとアラームが鳴るとか、登録者しか入れないようにゲートを設けるといった対策のとり方もあるでしょう。しかしそこまでしなくても、その公園にいる人たちを特定可能であれば、安心感を生むことができます。

こういったセミパブリックな空間を、デジタルでも作れるのではないでしょうか。

丸山
つまり、いろいろな企業がデータを“縁側”に持ち寄っている。その様子は外の世界からも見えるので、安全なデータ利活用が保障されている、と。実際のビジネスでの事例はあるのでしょうか。

加藤
日立が関わっている千葉県の柏の葉スマートシティでは、地域住民の方々の安心・安全を守るためのAIカメラ(※)の導入が進んでいます。例えば刃物を持った不審者が街をうろついていると、それをAIカメラが検知して通報するというしくみです。

※ AIアルゴリズムを用いた画像解析による、物体認識、動作認識などの機能が搭載されたカメラ。

このしくみを、防犯だけではなく、人流データから街の賑わいを可視化することでビジネスにも活用する試みがあります。ただ、プライバシーに関わるデータですから、使い方によっては悪用される恐れもあります。それを防ぐために、日立東大ラボ(※1)では「ハビタット・イノベーションプロジェクト(※2)」において、街で収集したデータの活用ポリシーをどう設定するかという研究を進めています。

※1 政府が提唱する「超スマート社会(Society 5.0)」の実現に向け、2016年に日立が東京大学とともに共同研究の場として設立した。
※2 日立東大ラボが推進する、市民が主体となり身近な課題においてSociety 5.0を実現するための取り組み。

藤元
先ほどお話しした未来の公園でも、個人個人をいわゆる「信用スコア」のようにスコアリングすることで、データの質を高め、より精度の高い認証が実現できるでしょう。もちろん、信用スコアそのものには賛否両論あり、議論を重ねる必要があります。ですが、公園に入ってきた人が「住民か/非住民か」といったデータだけでなく、例えば「成年か/未成年か」もわかれば、認証の精度が上がり、公園を利用する際の安心感が高まるはずです。

電車内の不審者をその挙動から検知するだけなら、現在の技術でも可能かもしれません。それに加え、未来の公園のように鉄道の利用者を会員制にすれば、より確かな安心感を生むことができる。そんな方法論が今後注目されていくのではないでしょうか。

3つの視点で社会システムを設計する「S3アーキテクチャ」

丸山
藤元さんから非常に大胆なご提案がありましたが、これからの社会システムの建て付け、つまりITの世界でいうところのアーキテクチャは、どんな方向にシフトすべきなのでしょうか。

加藤
日立の社会システム研究チームが提唱しているのが、「S3アーキテクチャ」です。社会システムをSystem、Service、Societyという3つの「S」の視点から設計するという考え方で、先ほどの藤元さんの縁側の話にも近い部分があるかと思います。

1つめのSystemとは、フィジカルの社会なり、CPS(Cyber Physical System)と呼ばれるサイバーの社会なりを、システムを運用するオペレーターの視点から捉えることです。2つめのServiceは、そのシステムに新しい技術を組み込んでいくというイノベーターの視点です。先ほど申し上げた柏の葉スマートシティの例で言うと、AIカメラを街に設置することで、どんな問題が生じるのか、あるいはどんなイノベーションが起こるのかを検証する、一種のサンドボックス(※)でまさに縁側のような場所です。そして、住民を含めたコミュニティごとにめざすべきゴールを設定し、縁側でそれを試し、評価するというガバナー(governor)の視点が3つめのSocietyです。

※ sandbox:「砂場」を意味する英単語。コンピュータの中に設けられた仮想環境のこと。

この3つの視点で社会システムのルールを設定し、システムがルールにのっとって動いているかどうか、データを基に評価していく。そのプロセスの中で、システムを改善していく。そんなイノベーションの起こし方を提案しています。(第3回へつづく)

「第3回:AIや多様なデータと、社会システムはどう向き合うべきか?」はこちら>

藤元 健太郎(ふじもと けんたろう)
D4DR inc. 代表取締役社長。1991年、野村総合研究所入社。1993年からインターネットビジネスのコンサルティングをスタート。日本発のeビジネスオープンイノベーションプロジェクト「サイバービジネスパーク」を立ち上げる。2002年、コンサルティング会社D4DR inc.の代表に就任。広くITによるイノベーション、新規事業開発、マーケティング戦略などの分野でコンサルティングを展開している。J-Startupに選ばれたPLANTIOをはじめさまざまなスタートアップの経営にも参画し、イノベーションの実践を推進。関東学院大学人間共生学部非常勤講師。近著は『ニューノーマル時代のビジネス革命』(日経BP社)。

加藤 博光(かとう ひろみつ)
日立製作所 研究開発グループ 社会システムイノベーションセンタ長。1995年、日立製作所入社。自律分散システム、システム数理・最適化、制御系セキュリティなどの研究開発に従事。水環境や自動車、鉄道などの情報制御システムの運用監視制御および新サービスへのシステム技術適用を推進。2012年から英国にて列車運行管理や地域エネルギーマネジメントに関するプロジェクトに参画。帰国後、インフラシステム研究部長などを経て、2019年より現職。情報処理学会山下記念研究賞(1999年)、計測自動制御学会技術賞(2000年・2016年)などを受賞。博士(工学)。

ナビゲーター 丸山幸伸(まるやま ゆきのぶ)
日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーションセンタ 主管デザイン長。日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズ㈱に出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人材教育にも従事。2020年より現職。

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