日立製作所 研究開発グループ 加藤博光/D4DR inc. 代表取締役社長 藤元健太郎氏
2021年11月29日、日立の研究開発グループによるウェビナー「問いからはじめるイノベーション―社会トランジションとAI」の第3回が配信された。その中で実現した、D4DR inc.代表取締役社長の藤元健太郎氏と日立製作所 研究開発グループの加藤博光による対談を3回にわたってお届けする。ITに精通し長年にわたり企業のイノベーション推進をコンサルティングしてきた藤元氏と、研究者として社会システムの設計・開発に関わってきた加藤が、データ活用の視点から「社会システムのトラスト」について掘り下げていく。

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「第1回:社会システムへのデータ活用の実例とは?」
「第2回:公共と個人の間に設けるべき、新たなデータ利活用空間とは?」はこちら>
「第3回:AIや多様なデータと、社会システムはどう向き合うべきか?」はこちら>

「ITで企業のイノベーションを推進」×「データ活用で社会を最適化」

丸山
ナビゲーターの日立製作所 丸山幸伸です。本日の対談のテーマは「多様なデータが作る社会システム」。さまざまなデータが活用されることで社会システムがどう変わっていくのか、そして社会システムのトラスト=信頼をどう担保していけばよいのか、ディスカッションしていきたいと思います。お話しいただくのは、長年ビジネスコンサルティングに携わられ、著書『ニューノーマル時代のビジネス革命』でも知られているD4DR inc.代表取締役社長の藤元健太郎さん。そして、日立の研究開発グループで社会システムを研究してきた加藤博光のお二人です。

左から、日立 加藤博光、D4DR inc. 藤元健太郎氏、ナビゲーター 日立 丸山幸伸。

藤元
インターネットの黎明期だった1990年代前半、アメリカで生まれたNCSA Mosaic(モザイク)というWebブラウザに出会い、「これで世の中のいろいろなビジネスが変わる」と確信したのがわたしの出発点です。以来25年近くにわたり、ITを駆使した企業のイノベーションの実践をお手伝いしてきました。コンサルファーム D4DR inc.の代表を務めているほか、スタートアップの経営にも携わっています。

加藤
わたしは水道の運用管理や鉄道の運行管理といった社会インフラのシステム設計・開発に研究者として携わってきました。データを使っていかに世の中を最適化していくかという裏方の仕事を多く経験してきました。

人々の行動を最適化・平準化するデータ活用

丸山
それではさっそく1つめのトピックに参ります。「社会システムへのデータ活用の実例とは」。まずは藤元さんからご紹介いただけますか。

藤元
お隣の韓国ではオープンなデータの活用がかなり進んでいます。例えばソウル市は、深夜バスの路線を設計するにあたってタクシーの乗降データを活用しました。乗客が携帯電話でタクシーを呼んだ場所、そしてタクシーから降りた場所のデータを組み合わせることで、深夜における人々の移動ニーズを把握し、それを基にバス路線を設計したのです。

加藤
同じく公共交通の分野で日立が取り組んだ事例が、混雑度に応じて列車の運行間隔をコントロールする「ダイナミックヘッドウェイ」というソリューションの開発です。駅や列車内における人々の移動を計測して得られる「人流データ」を基に、運行ダイヤを調節するというものです。従来のような定刻どおりの運行だけではなく、その時々の需要に応じた運行を実現することで、混雑を緩和するのが狙いです。

藤元
利用価格を需給バランスに応じて変動させる「ダイナミックプライシング」という手法もあります。すでに高速道路では一部導入されていますし、導入の検討を始めた鉄道会社もあります。人々の行動を最適化・平準化することで、社会のリソースの中であまり活用されてこなかった時間帯の有効活用が期待できます。加藤さんが挙げられた列車のダイヤに加え、乗車料金も適切に変動させることができれば、社会をよりよい方向にコントロールできるのではないでしょうか。

丸山
藤元さんは社会インフラだけでなく、近年はリテール業界の企業のイノベーション推進にも取り組まれています。そちらの知見も共有していただけますか。

藤元
リテールでは「電子棚札」というソリューションが導入され始めています。これまでは、店員さんが「3割引」などと書かれたシールをいちいち貼って回っていた値札の変更作業を、自動化できる。それだけでなく、需給バランスに応じて、高く売れるときには値段を上げる、あるいは客層によって価格帯を変えるといった売り方も可能になります。需給データを活用することで、これまでとは異なる利益の生み出し方ができるのです。

近年、Amazon Go(※)のように、来店客がどの商品を手にしたかをセンサーが自動認識するため、商品バーコードのスキャンが不要な無人決済方式の店舗が出てきました。このような店舗なら、来店客一人ひとりに応じた価格設定により、例えば「今日は誕生日だから商品がすごく安くなっていた!」といった買い物体験を提供できる。このようにリテールにおいては、時間や状況、消費者に合わせて価格を変動できるダイナミックプライシングの要素がそろってきたと言えます。

※ Amazon.comが運営する食料品店。来店客はレジに並ばずに商品を購入できる。

ダイナミックプライシングがもたらす、公平性のリスク

丸山
お話を伺っていると、ダイナミックプライシングは需給バランスをとるためのインセンティブであり、人の協力を促す理想的な手法という印象を受けました。一方で、ダイナミックプライシングが社会にもたらしうるリスクはないのでしょうか。

加藤
行動科学の知見から、望ましい行動をとれるよう人を後押しする「nudge(ナッジ)」というアプローチがあります。例えば鉄道が混雑している時間帯に、利用者に対して「カフェに寄ってから乗ると電車が空いていますよ」とレコメンドし、カフェのクーポンをあげることで行動変容を促すというものです。ただ、やりすぎると「電車に乗っていればもっと早く目的地に着いたはずなのに、カフェに寄ったことで遅れてしまった」という逆効果が生まれてしまうリスクもあります。それを避けるには、AIそのものの信頼性が重要です。わたしたちも現在、個人特性に合わせたナッジにより、行動変容を適切に促す技術の社会実証を進めています。

先ほど藤元さんのお話に出てきた、無人決済方式の店舗における価格のコントロールも、場合によっては「自分はもしかしたら高い値段で買っているのではないか?」といった疑念を消費者に抱かせてしまうこともありえます。需給バランスに応じて価格を変えることが本当に公平なのか。そこをどう担保していくかも今後の課題だと思います。

藤元
ITリテラシーの議論に似ているかもしれませんが、価格変動のアルゴリズムをどこまで理解しているかによって、消費者が受けうるサービスが変わります。どの程度のお得感があるか、どこまで支出を抑えられるかといったところに格差が生まれるという問題も生じてくる。そこまでを視野に入れた議論が今後必要になると思います。(第2回へつづく)

「第2回:公共と個人の間に設けるべき、新たなデータ利活用空間とは?」はこちら>

藤元 健太郎(ふじもと けんたろう)
D4DR inc. 代表取締役社長。1991年、野村総合研究所入社。1993年からインターネットビジネスのコンサルティングをスタート。日本発のeビジネスオープンイノベーションプロジェクト「サイバービジネスパーク」を立ち上げる。2002年、コンサルティング会社D4DR inc.の代表に就任。広くITによるイノベーション、新規事業開発、マーケティング戦略などの分野でコンサルティングを展開している。J-Startupに選ばれたPLANTIOをはじめさまざまなスタートアップの経営にも参画し、イノベーションの実践を推進。関東学院大学人間共生学部非常勤講師。近著は『ニューノーマル時代のビジネス革命』(日経BP社)。

加藤 博光(かとう ひろみつ)
日立製作所 研究開発グループ 社会システムイノベーションセンタ長。1995年、日立製作所入社。自律分散システム、システム数理・最適化、制御系セキュリティなどの研究開発に従事。水環境や自動車、鉄道などの情報制御システムの運用監視制御および新サービスへのシステム技術適用を推進。2012年から英国にて列車運行管理や地域エネルギーマネジメントに関するプロジェクトに参画。帰国後、インフラシステム研究部長などを経て、2019年より現職。情報処理学会山下記念研究賞(1999年)、計測自動制御学会技術賞(2000年・2016年)などを受賞。博士(工学)。

ナビゲーター 丸山幸伸(まるやま ゆきのぶ)
日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーションセンタ 主管デザイン長。日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズ㈱に出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人材教育にも従事。2020年より現職。

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