株式会社日立コンサルティング 代表取締役 取締役社長 八尋俊英/東京大学 総長特別参与/工学系研究科教授 坂田一郎氏
データ駆動型社会の進展には、データを活用することでどんな未来がひらかれるのか、共感を呼ぶストーリーづくりが欠かせない。また、企業間連携や新しい技術の導入には、大学と共同研究を実施したり、海外で先行して導入事例をつくったりするなど、比較的自由に取り組める環境でのチャレンジが有効だという。大学、企業、政府、それぞれの役割を改めて問い直しながら、既存の枠にとらわれることなく臨む必要がある。

「第1回:ネットワーク解析を戦略へ」はこちら>
「第2回:トラストの肝はローカルコモンズにあり」はこちら>
「第3回:説明とプライバシー・ガバナンス体制の構築を」はこちら>
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「第5回:社会実装のために必要なこと」

共感を呼ぶストーリーを

八尋
ここまで坂田教授といろいろお話をしてきて、改めて、データ駆動型のビジネスを展開する際に、方向性を見極め、それを広めていくストーリーテラーの役割が重要であると感じています。

坂田
そのためには、多くの人々の共感を呼ぶイシューや目標の設定が非常に重要になると思います。今、世界的に共感を得られる強力な目標は「ゼロカーボン」でしょう。コロナ禍で1年延期となりましたが、今年11月にイギリスのグラスゴーで国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)の開催が予定されています。日本は、ここで単に目標を示すだけでなく、それをいかに実現するかという納得感のあるナラティブ(語り)を示す必要があります。

八尋
例えば日立であれば、グローバルに鉄道事業を手掛けていますから、鉄道の普及でCO2削減にどれくらい貢献できるのかといった、具体的なストーリーをちゃんと示すことが必要なわけですね。

坂田
もう一つビジネス展開に不可欠なのが、リアルタイムデータの活用とそのストーリーづくりです。今後、世界は間違いなくリアルタイムデータの活用に進みますが、まだ社会を大きく牽引するだけのナラティブがつくられていないと思います。

そうしたなか、成功例になり得るのがブロックチェーンによるスマートコントラクトを利用した、電力の自動売買です。これは発電量に伴い、決められた条件に従って自動的に瞬時に売買を実行するシステムです。ブロックチェーンの第二世代として、情報の信頼性確保に加えて、契約を自動的に実行するしくみが付与されているわけですが、それによってどれくらいエネルギーや設備投資にかかる費用が抑えられたのかといったストーリーを発信できれば、一気に普及するだろうと思っています。

ちなみに、私もメンバーの一人である日立東大ラボでは、「Society 5.0を支えるエネルギーシステムの実現に向けて」の議論を重ねるなかで、メガ電力ネットワークとローカルネットワークの組み合わせがカギを握ると結論づけています。このローカルネットワークについてはスマートコントラクトが欠かせないのです。

企業間連携や新技術の導入に向けて

八尋
大学の活動を社会に還元し、SDGsなどの社会課題解決に寄与する取り組みとして、2020年に坂田教授が中心となって、大学初のソーシャルボンド「東京大学FSI債」が発行されましたね。まさに新しい取り組みの実験の場であり、自由地帯としての大学の役割を大きく示されたと思います。大学は競合企業間連携のハブにもなり得るでしょう。実際にグローバルに目をやれば、中国の清華大学、米国のスタンフォード、ハーバードなど、大学が社会との関わりにおいて、大きな存在感を示しています。

坂田
あるいは、今年、日立やNTT、NEC、富士通など11社が「量子技術による新産業創出協議会」を設立したように、10年先の実用化をめざすような目標であれば、非競争領域が生まれ、企業連携も比較的しやすいのではないかと思います。したがって、目標を具現化するときのマイルストーンの設定も重要になりますね。

八尋
外圧というか、逆輸入のような形で改革をしていく方法もあるでしょう。例えば、ソニーがFeliCaの普及を進める際に、当初、日本の鉄道会社は非接触型の新技術に懐疑的だったんですね。そこでソニーは、FeliCaを香港などの海外の地下鉄に売り込み、そこで社会的に受容されたことを示してから、日本の鉄道会社を説得した経緯があります。ブロックチェーンなどを使った新サービスや、医療・ヘルスケアのデータ利活用などは、まず海外で成功事例を積み上げたほうがうまく動き出すのかもしれません。

一方で、データ利活用については、良い兆しも生まれていると感じています。例えば最近では、ゼネコンがまちづくりを推進する際に、周囲の不動産動向だけでなく、人口動態や店舗状況、独居老人の数、空き家率など、さまざまな地域のデータを見ながら計画を進めるようになりました。本当の意味でのDXが進んできていると感じます。さまざまなデータからまちの実情に迫ることで、自社の利益だけでなく、社会課題の解決につながるような活動へと進めていくこともできるでしょう。このような活動が見えれば、住民の方たちの間にもデータを提供してもいいという気運が高まるのではないかと思っています。

真の共同研究から社会実装へ

八尋
ところで、坂田教授の研究室では、これからどのような研究をめざしていくのですか?

坂田
やはり興味のないことには夢中になれませんから、それぞれの学生が自分が最も興味を持っている、知りたいと考える対象をテーマとして設定し、それを深めるために「なぜ」を繰り返し問いかけながら研究を進めていくような研究室運営をしていきたいと思っています。実は恩師からも、学生に対して彼らがやりたいことを応援するのが教育だと言われていて、それを今も守っています。だからこそ、うちの研究室のテーマは多様なんですね。

今後は、さまざまなデータ解析の技法が出てきているので、これを実際に社会に使える形にしていきたい。そのために、社会連携講座をつくり、本当の意味での共同研究を進めています。従来の共同研究の多くは大学が研究をして、その成果を企業が受け取るというものでしたが、我々は企業からも人を出していただき、日々一緒に研究をしています。もちろん役割分担はありますが、50:50の共同研究をめざしているのです。そうすることで、企業の方とも共通言語で話せるようになって、社会実装がスムーズに行えると思っています。

八尋
そうした動きを加速するためにも、規制緩和をはじめ、国による方向づけが非常に重要になりますね。企業活動と政策の距離を縮めていくことも、重要な課題だと感じました。本日は長時間にわたり、ありがとうございました。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=佐藤祐介)

坂田一郎
東京大学 総長特別参与/工学系研究科教授(技術経営戦略学専攻)/未来社会協創推進本部ビジョン形成分科会長/未来ビジョン研究センター副センター長。
1989年東京大学経済学部卒。1989年通商産業省(現・経済産業省)入省。主に経済成長戦略、大学技術移転促進法(TLO法)、地域クラスター政策等の産業技術政策の企画立案に携わる。この間、ブランダイス大学より国際経済・金融学修士号、東京大学より博士(工学)取得。
2008年より東京大学教授。その後、2013年より同工学系研究科教授(技術経営)。同総長特任補佐、同政策ビジョン研究センター長、同副学長・経営企画室長などを歴任。
専門は、大規模データを用いた意思決定支援、知識の構造化、計算社会科学、地域クラスター論など。「テクノロジー・インフォマティックス」を提唱している。共著に『都市経済と産業再生』(岩波書店)、『クラスター戦略』(有斐閣選書)、『クラスター組織の経営学』(中央経済社)、『地域新生のデザイン』(東大総研)、『知の構造化の技法と応用』(俯瞰工学研究所)、『東北地方開発の系譜』(明石書店)など。

八尋俊英
株式会社 日立コンサルティング代表取締役 取締役社長。中学・高校時代に読み漁った本はレーニンの帝国主義論から相対性理論まで浅く広いが、とりわけカール・セーガン博士の『惑星へ』や『COSMOS』、アーサー・C・クラークのSF、ミヒャエル・エンデの『モモ』が、自らのメガヒストリー的な視野、ロンドン大学院での地政学的なアプローチの原点となった。20代に長銀で学んだプロジェクトファイナンスや大企業変革をベースに、その後、民間メーカーでのコンテンツサービス事業化や、官庁でのIT・ベンチャー政策立案も担当。産学連携にも関わりを得て、現在のビジネスエコシステム構想にたどり着く。2013年春、社会イノベーション担当役員として日立コンサルティングに入社、2014年社長就任、2021年より東京工業大学 環境・社会理工学院イノベーション科学系 特定教授兼務、現在に至る。