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※本記事は、2021年7月1日時点で書かれた内容となっています。

前回強調したように、「長期利益」と「納税」、これこそが企業の社会的貢献のど真ん中、本筋中の本筋です。ただし、使う側は政府なので、企業経営の側から見れば納税はあくまでも間接的な貢献です。政府による徴税と再配分というメカニズムを通すことになります。これがどうにもまどろっこしい、もっと企業が直接的に社会に貢献することが可能ではないか。こうした考え方は、かつてはCSR(Corporate Social Responsibility)、企業の社会的責任というコンセプトで語られてきました。

ところが、マイケル・ポーター先生、僕が仕事をさせてもらっている競争戦略という分野を作った方ですが、彼が10年ほど前にCSV(Creating Shared Value)、社会共通価値の創造という概念を提唱しました。社会共通価値をつくることが企業の役割であるという議論です。ポーターさんはスカッとした議論をする人で、利益を出し続ける手段として競争戦略を突き詰めるというごりごりの資本主義者です。そういう人がCSVを提唱したことで、「宗旨替えじゃないか」と多方面から突っ込まれました。そのころ、ポーターさんと話していて、「どうしてCSVなんですか」と聞いてみたのですが、「これからはCSVが最強の利益ドライバーだからだ」と即答されました。全然変わってないんですね。

これがまさに競争戦略的な視点の本質です。フィランソロピーとか寄付とかCSRというのはもちろん大切なことです。ただそれは、商売をいったん横に置いた上でやることです。一方のCSVでは、商売のど真ん中で社会貢献をする。実際の社会的問題の解決を、商売そのものとして実行する。こうなると、公的な部門がやるのとはまったくスケールが違ってきますし、やる側の真剣味も違います。民主主義政府に不可避の非効率性もありませんから、もっと効率的にできる。つまり、より社会課題の解決が進み、商売としても儲かる。これがCSVの考え方です。逆に言えば、社会課題の解決を商売そのものの中にきちんと取り込めないと、大したインパクトにはならない。「もしかしたら、それ政府がやったほうがいいんじゃないの?」「それを支えるのに税金を払っていたほうがいいんじゃないの?」となるわけで、間接的な社会貢献に戻ってしまいます。

ESG、SDGs、CSV、サステナビリティなど言葉や概念はいろいろありますが、以下ではESGを中心に考えたいと思います。まずはESGのE、environment、環境について。

まるで風紀委員が「これをしろ」「あれをやれ」「これはだめ」と何か指導してくるような社会的圧力があって、それを企業の経営側が「ああ、そうですか。やらざるを得ません……」という対応をする。これではタダの規制です。

Eには、大きなビジネス上のチャンスが広がっていると考えた方がいいと思います。特にヨーロッパでE問題は、政治世論としてきわめて強く、文字通り社会の共通的な価値観になってきています。その最大の理由は、ヨーロッパでは気候変動が今世紀に入ってから本当に深刻になっていることにあると思います。2003年の猛暑では約7万人の人が亡くなっていますし、2007年もヨーロッパ全体で5万人以上が熱波で亡くなっています。つい最近も、2019年6月の熱波でフランス南部の気温が45度を超えて多くの人が亡くなった。こういう現実を目の当たりにして「これは本当にCO2を削減しなければいけない」という価値観が自然に醸成されたわけです。

今やESGのEは単なる規制とかいうことではなく、「実需」になっているわけです。BtoBで言えば、CO2削減に関わるさまざまな技術、装置、サービス、プロセス、こういうものが需要としてあります。環境負荷を減らしていく活動は、ターゲットを決めて長い時間かけて粛々と改善していく必要があります。現場で毎日動いているいろいろな人を巻き込んだオペレーションを総動員して、取り組むべき問題です。相対的に日本に向いている分野だと思います。

日本人のライフスタイルがもともとEであることはわりと大きな意味を持っていると思います。「何で真夏にこんなに冷房効かせてセーター着てるの?」と、僕はシンガポールに行くたびに疑問に思うわけですが、Eは自然と共生していくという日本人の価値観がかなりストレートに生きる分野のはずです。

BtoCの世界でも、Eはいよいよ実需になってきました。これは僕がファーストリテイリングのお手伝いをしていて深く感じるところです。例えばユニクロは、ペットボトルのリサイクルで作った糸でできたポロシャツを、以前から売っています。あるいはジーンズの製造工程で大量に使う水を99%削減するブルーサイクルジーンズとか、社会課題に対して継続的に投資をし、商品を開発し、販売している。

20年前であればこういう商品を買う人というのは、インテリで社会に対する意識の高い特別の人に偏っていたと思います。ところが今やヨーロッパの消費者を見ると、普通の人々がユニクロに共感している。何か毎年流行の洋服を買って、ばんばん捨てるというこれまでのファストファッション的な消費はカッコ悪い。むしろ社会課題と向き合っているメーカーのものを長く着る方がクール、というように、特に若い人々の間で意識が変わってきています。

普通の消費においてもEが価値基準になっている。Eが実需になっているというのはそういう意味です。裏返して言うと、本当にこれから長期利益を突き詰めれば、それは必然的にEを満たさなければいけないということになります。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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