一橋ビジネススクール客員教授 名和高司氏
いま日系企業に求められるのは、欧米企業を真似るだけではなく日本ならではの特徴を活かすことだと名和高司氏は説く。国内の先進企業を例に、「たくみとしくみ」というキーワードで、日系企業が取り組むべき課題について解説していただいた。

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日系企業が取り組むべき「動的平衡」の経営

名和
海外から入ってきた経営理論の中で誤解されがちなのが「両利きの経営」です。イノベーションを起こすには「探索」と「深化」の両方が必要だという考え方ですが、これを鵜吞みにして安易に探索に走ってしまう企業が少なくありません。京セラを創業した稲森和夫さんや日本電産の創業者である永守重信さんは「井戸を掘れば掘るほど新しい水が湧き出てくる。それが経営だ」という趣旨のことをともにおっしゃっています。自社の得意分野にこそ実は新しいアイデアが眠っている。自社の強みを突き詰めていくことがまずは必要なのです。

今、欧米で注目を集めているのは、ハーバード・ビジネススクールのジョン・コッター教授が提唱する「デュアルOS」という組織変革モデルです。企業が新しい事業を始める際に、本社とは切り離した「出島」のような組織も新しく設けて、本体と出島という2つの組織=OSの間を特定の優秀な社員に行き来させる。そして、出島で新しく生まれた事業を本体にしっかり埋め込む。そうすることで、もともと持っていた自社の強みが出島に注入されると同時に、出島で芽生えたアイデアや知見が本社に持ち帰られるのです。

トヨタが20年以上前に始めたBR(Business Reform)という活動が、まさにデュアルOSと言えます。トヨタを本気で変革することを目的とした1年完結のプロジェクトを毎年10程度立ち上げ、本社から切り離してBRプロジェクトを組成する。1プロジェクト3名ほどのエース級の社員がBR組織を専任し、1年後にまた本社に帰っていく。この活動がのちのコネクテッドカー事業などを生み出しました。完全に企業本体から切り離すことで新事業が成功するケースもありますが、それでは本体を変えることはできません。大切なのは、出島で新事業に取り組みながらも、本社組織とは常につながっていることです。

名和高司『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』(東洋経済新報社)

Netflixは「Freedom & Responsibility」を標榜しています。つまり、「自律と規律」。新しい事業を生み出すには、社員自身が自分でやりたいように活動することが求められますが、しっかりとした規律がないと単に勝手放題な組織になってしまいます。自律を重視しすぎて放任した結果、アイデアは生まれてもビジネスには結びつかない。そんな企業が日本にはまだまだ多いと思います。

また、あまりにも多くの日系企業が3年、5年スパンの「中期計画」に縛られすぎているきらいがあります。数年先の経営が計画どおりに進まないことは、コロナ禍によって証明されました。超短期と超長期の視点を兼ね備えた「遠近複眼の経営」こそ、日系企業には必要です。

生物学者の福岡伸一さんが「動的平衡」という生命観を提唱されています。つまり、生命は常に変化しながら平衡をとる動的なしくみである。生命体としての企業の経営も同じで、出島と本社、自律と規律、超短期と超長期、それぞれのバランスを常にとらなくてはいけないのです。

「たくみ」の日系企業、「しくみ」の欧米企業

名和
経営戦略以上に大事なのは、企業が持っている資産の中身です。戦略はいくらでもコピーできますが、資産は真似できません。近年、企業経営で重視されているのが、有形資産重視から無形資産重視へのシフトです。無形資産とは組織、知識、顧客を指し、それらを担うのがヒトなのですが、日本人は器用なので、現場レベルの仕事にしてもマネジメントにしても、一人ひとりが自分なりに磨き上げた「匠の技」でこなしてしまう。つまり属人化してしまうので、どんなに優れた手法や技術であっても組織全体に広まっていかないのです。

それに対して欧米の優れた企業は、個人が磨き上げた「たくみ」を「しくみ」に落とし込む。つまり標準化するので、ビジネスのスケールアップ、スピードアップが非常に速い。日系企業はたくみが強いばかりに、しくみに落とし込めていない。だからデジタル化も進まない。

たくみをしくみに変えることに成功したのが、トヨタのTPS(Toyota Production System※)です。これを欧米企業がなかなか真似できないのは、単純なしくみではなく「人に考えさせるしくみ」だからです。工場の異常をランプの色で知らせてくれる「アンドン」を活用して、問題が起きるたびに生産ラインを止めてカイゼンに取り組み、それを社内で共有する。ですからTPSは常に進化し続けます。マニュアルではないのです。社員個人が汗をかいて磨き上げた「たくみ」が、組織にとっての「しくみ」に化けるのです。

※「異常が発生したら機械がただちに停止し、不良品を造らない」「各工程が必要なものだけを流れるように停滞なく生産する」の2つの考え方を柱にトヨタが確立した、よい製品だけをタイムリーに顧客へ届けるための生産方式。

マーケティングで過去に成功したのはセブン‐イレブン・ジャパンです。毎週月曜日に社内でディスカッションし、世の中の流行に流されずに独自の仮説を立てる。それを一部の店舗で1週間かけて検証し、成功の目途が立ったら、その施策をフランチャイズに広げていく。この一連の取り組みがセブンイレブンの進化を可能にしました。

このように、欧米流のしくみを外付けするのではなく、日本流のたくみをしくみに変えていく。そこにもっと多くの日系企業はこだわって取り組んでいくべきではないでしょうか。(第6回へつづく)

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名和 高司(なわ たかし)
一橋ビジネススクール 客員教授
1957年生まれ。1980年に東京大学法学部を卒業後、三菱商事株式会社に入社。1990年、ハーバード・ビジネススクールにてMBAを取得。1991年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに移り、日本やアジア、アメリカなどを舞台に経営コンサルティングに従事した。2011~2016年にボストンコンサルティンググループ、現在はインターブランドとアクセンチュアのシニア・アドバイザーを兼任。2014年より「CSVフォーラム」を主催。2010年より一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任教授、2018年より現職。主な著書に『経営変革大全』(日本経済新聞出版社、2020年)、『企業変革の教科書』(東洋経済新報社,2018年)、『CSV経営戦略』(同,2015年)、『学習優位の経営』(ダイヤモンド社,2010年)など多数。