全人類の脅威として急速に広まった新型コロナウィルス感染症。昨年12月より英国、米国などをはじめワクチン接種が開始されましたが、短期間での開発製造であり、有効性、安全性についての検証に不安をもつ人もいます。治療薬の開発、普及もまだまだ時間がかかる状況だといわれています。また、今回のコロナ禍を乗り切ったとしても、同様の脅威は近い将来必ず訪れるとも予測されています。
歴史を遡ると疫病の大流行は社会変革のきっかけになっています。ポストコロナは、暗黒の時代となるのか?それとも、ペスト後のルネサンスのような輝かしい時代となるのか?
シリーズ「ポストコロナの社会とビジネス」、今回ご登場いただく方は、「世界の知性」、「知の巨人」とも言われるジャック・アタリ氏。昨年10月に『命の経済』(プレジデント社)を上梓された氏に、ポストコロナの時代が人類にとってより良い未来であるために、どのような思考が大切で、どのような社会変革を起こさなければならないか、3つのテーマに絞って伺いました。

「第1回:ポストコロナ社会を想定した最悪のシナリオと、最良のシナリオは?」
「第2回:利他主義とポジティブな社会」はこちら>
「第3回:将来の企業のあり方はどうあるべきか」はこちら>

日本はもっと自立を

エグゼクティブ・フォーサイト・オンライン編集部(以下EFO)
1つめのテーマは、「ポストコロナ社会を想定した最悪のシナリオと、最良のシナリオは?」です。

1つめの質問です。COVID-19(新型コロナウィルス感染症)のパンデミックが発生して1年が経ちました。この間私たちは、国際機関や世界各国の政府・中央銀行・金融当局などがこのパンデミックに応じて変化し、対処する様を目の当たりにしてきました。こうした現状を踏まえて、アタリさんは、この世界がこれからどのような方向に向かっていくとお考えになりますか?

ジャック・アタリ(以下JA)
その答えは、どの側面から世界を語るかによって変わってくるでしょう。地政学なのか、公衆衛生なのか。あるいは様々な分野における人々の生活習慣についてなのか……。論点はいろいろあります。まず地政学の点から言えば、パンデミックで変わるものは何ひとつありません。米中対立はますます深まる一方でしょう。その周辺でも、米中対立とは別に、ますます多くの紛争が起こるでしょう。私の住むヨーロッパは勢力を拡大するでしょうね。ヨーロッパはいま再結集しつつあるのです。日本はもっと自立しないといけなくなる。その覚悟を持たなくてはならないでしょうね。アフリカ諸国は徐々に台頭してくると思われます。重ねて申し上げますが、こうした地政学的な流れは、パンデミックが起ころうとも、何ひとつ変わることはないのです。

第2の論点、イデオロギーについては、2つの価値観が発展していくでしょう。1つめは利他主義という価値観です【※2つめの価値観が利己主義。第2章で詳述】。なぜならば、人々がだんだんと以下のことを理解するようになっているからです。つまり、世界は相互依存関係にあること、人には他者が必要であること、自分が抱える問題を独りで解決することなど、誰にもできないこと。そして、誰かが何か問題を抱えていたならば、同様の問題をほかの人も抱えているということなどです。

第3の論点として、予測することの重要性もますます理解されるようになるでしょう。予測することがなぜ重要なのか。もしもパンデミックを予見していた人たちの声に耳を傾けていたなら、世界はいまこのような状況にはなっていなかったはずだからです。そして、予測される様々な危機に対して最善の準備をしておくということへの理解も深まるでしょう。特に将来起こり得る別のパンデミックへの備えが必要です。さらには、気候変動による危機に備えるために最善を尽くすようにもなるでしょう。予測することの重要性にとどまらず、来たるべき問題に備えることの重要性が理解される、ということです。

パンデミックの収束には3つの仮説がある

EFO
「ポストコロナの社会」についてアタリさんが考える最悪のシナリオと最良のシナリオを教えてください。

JA
パンデミックそのものについて言えば、3つの仮説があります。まず、パンデミックがとても長引く、という仮説です。まったくあり得ないわけではありません。変異株が存在するので、もしもその種類が膨大に増えるようなことになれば、壊滅的な結果をもたらすでしょう。パンデミックが3、4、5年と続き、そこからなかなか脱け出せないということになります。そうなれば「点滅経済」が生じ、世界中で景気がひどく落ち込むでしょう。点滅経済と私が呼んでいるのは、ある時は自由に開放的になったかと思えば、またすぐに引き籠もって閉鎖的になるというふうに、パンデミックの推移に振り回されて目まぐるしく移り変わる経済情勢のことです。そうなると世界的なパニック、世界的な不況が引き起こされる危険があります。これが最悪のシナリオです。

最良のシナリオは、これが一番ありそうだと思っていますが、徐々にパンデミックを制圧する条件が整えられていく、というものです。なぜ、そう言えるか。ワクチンがすでにできているからです。それによってパンデミックは収束に向かうでしょう。すべてはワクチンの効果がどれほどあるかにかかっています。われわれ人類全体の運命が、ただただワクチンの有効性、適合性にかかっているのです。またそのワクチンを、毎年毎年70億という人々に接種することが可能かどうかも、大きな問題になってきます。つまり私たちの未来は、人類全体にどれほど強力なワクチンを接種することができるかにかかっているのです。

将来世代への利他主義を尊重しよう

EFO
大変よく理解できました。 3つめの質問です。最良のシナリオに私たちを導く処方箋はあるのでしょうか? もし、あるとすれば私たちは特にどこに力を注ぐべきでしょうか?

JA
最良のシナリオについて、さらに付け加えたいことがあります。ワクチンの製造が1つめの鍵になると言いました。そうして、2つめの鍵、つまりこれが3つめの仮説ということになるでしょうが、私が「命の経済」と名付けたものに向けて方向転換できるのか、それに向けて進んでいけるかです。でも、このことついては後で話をしましょう。とにかく、いま現在、鍵になっているのは、ワクチンの製造です。必要なワクチンを製造する能力が人類にあるかどうかなのです。

EFO
冒頭で、国際機関や各国政府と申し上げましたが、個々の市民という人格も加えたいと思います。市民も含め、私たちそれぞれがどんなことを意識し、どのように行動すべきだとお考えでしょうか?

JA
鍵になるのは利他主義です。単に利他主義と言っても、隣人に対する利他主義だけでなく、将来世代に対する利他主義もあります。だからまずは、将来世代が消滅してしまうことがないように条件を整えることです。つまり子供たちがのびのびと育つように、より良い人生を送れるように、発展していけるように、そのための条件を整えることです。ですから、他者を尊重することは、将来世代に対する尊重でもあるのです。もちろん弱者や女性、子供、自分を守る術を持たない人たち、マイノリティに対する尊重もあります。それがすべての鍵になります。加えて人類以外の生命、自然の尊重ということもあります。じっさい人間は自然の一部でしかないわけですから。(第2回へつづく)

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ジャック・アタリ

1943年アルジェリア生まれ。フランス国立行政学院(ENA)卒業、81年フランソワ・ミッテラン仏大統領特別補佐官、91年欧州復興開発銀行の初代総裁など要職を歴任。政治・経済・文化に精通し、ソ連の崩壊、金融危機、テロの脅威、ドナルド・トランプ米大統領の誕生などを的中させた。

著書は、『命の経済――パンデミック後、新しい世界が始まる』(プレジデント社)『2030年ジャック・アタリの未来予測―不確実な世の中をサバイブせよ!』(プレジデント社)『21世紀の歴史――未来の人類から見た世界』(作品社)『危機とサバイバル―21世紀を生き抜くための〈7つの原則〉』(作品社)『アタリ文明論講義:未来は予測できるか(筑摩書房)』など多数。