同調圧力の強い日本では、普通であることを要求され、不本意でもその枠の中に留まってしまいがちだ。それを「呪い」と表現する山口氏は、枠から自分を解き放つために必要なものがリベラルアーツなのだと言う。周りの人と異なる道を進めるかどうかは、「勇気」ではなく「認知」の問題として捉えたほうがよいと説く。

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みずからの選択の幅を狭める「呪い」

――当サイトでの連載のタイトルは「経営の足元を築くリベラルアーツ」ですが、対談集としての書名は『自由になるための技術』とされていますね。どのような思いが込められているのでしょうか。

山口
私たちは、さまざまな「呪い」をかけられています。「こうすべき」とか「こうしなければならない」といった道徳や規範、過去の経験だけに照らして「こういう場合はこうすればいい」と決めつけるパターン認識、また「大企業に入れば親が喜ぶ」という他律的な価値基準などもある種の呪いと言えるでしょう。呪いとは自由度を奪うもの、選択の幅を狭める言葉、belief(信念、思い込み)のことで、多くの人は無意識のうちに自分で自分に呪いをかけています。

考えてみれば、みずから選択の幅を狭めてしまうのはおかしなことです。オプション、選択権が多いほうが有利であり価値があるというのは、企業経営にも金融の世界にも言えますよね。思考に何らかの制約をかけてオプションを奪う言葉やbeliefは、本来その人にとってネガティブなものであるはずです。

書名の「自由」には、そうした呪いから自分を解き放つというニュアンスを込めました。日本では同調圧力や「空気」と表現されるものの力がとても強力で、社会的に規定された「普通」から逸脱すると厳しい視線が向けられるだけでなく、実際にペナルティが与えられる場合もあります。世の中を見渡せば豊富なオプションがあるのに、ベン図の集合範囲のように規定された普通という枠の中に留まれと圧力をかけられるのは、呪いにほかならないと思いませんか。

その枠を抜け出せば自由に生きられるわけですが、問題はどうやって抜け出すかです。普通という枠から抜け出せるかどうかは、よく性格の問題だと捉えられがちです。確かにそうした側面はあるでしょう。ただ、これは私も最近、気づいたことなのですが、自分は「勇気がないから」、「心が強くないから」と性格のせいにしてしまうと、本質的な解決にならないのです。

山口周『自由になるための技術 リベラルアーツ』(講談社)

人と異なる道を進めるかどうかは認知の問題

わかりやすく説明すると、仲間と一緒に山登りをしていて、分かれ道に差しかかったとします。自分は事前に下調べをしてあり、Aのルートのほうは景色がよく、道も整備されて楽しく歩くことができる、Bのルートは谷底を通るので道が悪く危険もあるということを知っています。でも、分かれ道ではAのほうが険しそうでBのほうが平坦そうに見えるため、何も知らない仲間たちはBへ行こうと主張します。そのとき、あなたはAがいいとみんなを説得できるでしょうか。できなくても、自分だけはAを行くことができるでしょうか。

学習した成果として自分や仲間にとってよいルートがわかっている場合に、周りの意見とは異なってもその道を選択できるかどうかは、性格というよりも「認知」の問題であると考えたほうがよいと私は思います。

周りの意見に左右されず我が道を行ける人は別ですが、「普通はこうあるべき」とか「みんなそうやっている」と世の中で言われることに不本意ながら従ってしまった結果、居心地の悪さを感じている人も多いのではないでしょうか。それを自分の性格の問題にしてしまうと、性格だから簡単には変えられないと諦めてしまい、枠を外れる契機を失ってしまいます。そうではなく認知の問題、物事をどう認識するかの違いなのだと捉えると、勉強して知識や知恵を蓄え、洞察力や考える力を身につけることで、人とは違った見方ができるようになり、その結果として自分はこちらを選ぶのだと、枠を外れることに抵抗が薄れると思います。

専門領域だけでなく、幅広い学問領域を含むリベラルアーツを学ぶことで、物事の本質を見る力や多面的に深く考える力を身につけることができ、自己選択の幅を広げられる。つまり自分を縛る呪いから自分を解放し、自由になることができるし、多くの人にそうなってほしい。そうした思いを「自由になるための技術」には込めています。

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)など。最新著は『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

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