2020年12月3日(木)、Zoomにてオンラインミーティング『楠木建の一問一答』と題した公開取材が行われた。楠木建教授が22名の参加者一人ひとりとの質疑応答に臨み、経営や組織、センス、キャリアなど多岐にわたる疑問・悩み・相談に、独自の見解と鋭い舌鋒で回答。その様子を4回にわたってお届けする。

Q:社員育成でやっていいこと、やってはいけないことは?

――エネルギー関連の会社で監査役をしています。最近、コロナの騒ぎでいろいろと環境が変わり、価値観も変わっている中で、会社経営者の立場でどのように後輩たちを育てていくべきか悩んでいます。社員育成においてやっていいこと、もしくは、やってはいけないことがありましたら教えてください。

楠木
経営者側が「社員のためになる」と思って育成しようとしているところからが、そもそも間違いでして。若い社員の方だと、まだまだ先が長い。やっぱり自分のキャリアは自分が一番真剣に考えるので、彼らなりに「こういう能力をつけたい」「こういうことを知りたい」「こういう方向で自分を育てていきたい」というものがあるはずです。しかもそれは、一人ひとりの生活についての考え方なので、かなり異なる。本人にどういう能力をつけたいのか聞くところから始まらないと、お互いが不幸になってしまいます。

中には「放っておいてください」という人もいるでしょう。それはそれで、本人が自分でなんとかするという一種の表明です。それなのに、経営者側が育成しようとしてしまう。それが、やってはいけないことだと思います。

――実際の現場ではむしろ若手のほうから「この先どうなるのか不安です」「会社は生き残っていけるのでしょうか」ということを聞かれます。わたしが思うに、会社の将来とは結局、自分たちでつくるものです。今の経営者がつくるのではなく、君たちがつくるのだよ、と。ただ、これを果たして彼らに言っていいものかどうか迷ってしまいます。

楠木
相手の社員がどれくらいのポジションなのかにもよりますけれども、若い方に「君たちがつくるんだ」とは、言わないほうがいいと思います。「こっちがばっちり経営してやるから、心配するな」と言うのが、やっぱり経営者だと思います。

このように、経営者が社員に言ってはいけないことがいくつかあると思います。例えば「頑張れ」。それから、「生き残りのため」。経営者がそんなこと言っていたら、社員は嫌になってしまいます。「生き残って何をやりたいんですか」という話なので。あと、「~せざるを得ない」。「DXせざるを得ない」とか。だれもそんなこと頼んでいないんですね。商売は自由意志。ですから、「君たちが将来をつくるんだ」は、言わないほうがいいと思います。「それがあなたの仕事でしょう」と言われてしまうので。

――確かにそうですね。ありがとうございます。気をつけます。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

「第2回:組織について。」はこちら>

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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