株式会社日立コンサルティング 代表取締役 取締役社長 八尋俊英
新型コロナウイルス感染症は、大きな災厄であると同時に、日本企業・日本社会にとってはDXを一気に進展させるチャンスでもある。ピンチをチャンスに変えるために、今、何をすべきだろうか――。
当シリーズは、これまで新世代のイノベーターをゲストに迎えて対談形式で、社会課題解決や新たな価値創造のための発想、そのためにITが果たす役割について探ってきた。今回は特別編として、Afterコロナの経済社会の変化の方向と、それを企業がチャンスとして活かすためのヒントについて八尋俊英が語る。

社会課題に向き合う人が増えている

――コロナ禍において、日立グループでは在宅勤務を推奨していますが、定着しているようですね。

八尋
幸い、東京オリンピック・パラリンピック2020を迎える準備として、数年前から1週間程度のテレワークの導入を日立グループとして進めていましたし、日立コンサルティングでは在宅勤務など時間や場所にとらわれないフレキシブルな働き方のコンサルティング事業を手掛けてきたこともあり、比較的スムーズにリモートワークへ移行することができました。

当社は兼業を認めていますが、通勤がなくなり時間に余裕ができたことで、仕事をしながら、社会問題の解決に尽力したいといって、週のうち半分くらいNGOのプロジェクトに携わっている人もいます。グローバルなヘルスケア事業のために別の組織に出向した社員、あるいはコロナ後にがんに罹患していることがわかり、治療を受けながらリモートでプロジェクトを進めている社員もいます。いままで以上に多様な働き方ができるようになったと感じています。

私自身、これまでは打ち合わせや飛び込みの相談に追われていましたが、週2、3日の出勤になってゆとりができて、ゆっくり議論する時間をもてるようになりました。例えば、経済産業省にいたときの同僚だった女性と、経産省の新規プロジェクトとして、菅政権の目玉政策の一つである不妊治療対策について議論しました。

特に働く女性にとって、治療を受けながら仕事を続けるのは大変で、職場の理解を得たり、治療のために休みを取ったりしづらい状況だといいます。治療と仕事との両立がネックになって離職してしまう人もいます。これをなんとかオンラインヘルスケアなどのテクノロジーやサービスで解決できないか、それをどう政策につなげていくのか、というのが議論のテーマでした。

今、女性が抱える健康課題をテクノロジーで解決しようという「フェムテック」が注目されていますが、経産省のなかにも「経済社会政策室」が新設されるなど、女性の活躍のためのさまざまな施策が検討されています。コロナ禍によって時間の流れ方が変わったことで、これまで先送りにされてきた社会課題にじっくり向き合い、動き出している人たちがいると感じています。

DXはあくまでも手段であり、目的ではない

――否応なく、企業のDXへの取り組みも加速しています。

八尋
ただし、DXは最終目的なわけではなくて、会社として達成したい目的があり、そのための手段です。AIやビッグデータも同様ですが、多くの企業ではその定義もよくわからないまま、新しい言葉に踊らされがちです。ニューメディア、マルチメディア、グローバリゼーション、ジョブ型雇用……数え上げたらきりがありませんよね。

組織として何か新しいことにトライする際には、何のためにやるのかという共通のミッションを掲げ、それを実行するためのKPIを設定するなどして、マスタープランをつくります。それによって、マイルストーンが明確になる。そうしたプロセスを抜きにしてDXを進めようとしても、うまくいかないでしょう。

また、ITの真の価値を理解しないまま投資をしても、十分に活用することは難しい。先の米国大統領選挙でも、SNSでの候補者自らの投稿が大きな影響をもたらしました。一方、SNSの力を理解して、積極的に情報発信をしている日本の経営者は、現状ではごくわずかしかいません。経営者はもちろん、ITサービスの活用を検討している部署の担当者なども、自分でITサービスやアプリを能動的に使ってみなければ、その真価は見出せないのではないでしょうか。

何のため、誰のためのミッションかを、まず明確に!

八尋
現在のDXを取り巻く動きは、かつて日本がマルチメディアというバズワードに踊らされた状況に重なります。同じ轍を踏まないためには、“バック・トゥ・ザ・ベーシック”の姿勢をもつことでしょう。つまり、原点に立ち返り、何のため、誰のためなのかを考えることが肝要です。「こうしたい」という思いこそが、本質的な変化、イノベーションを引き起こすのです。

イノベーションの歴史を繙けば、トヨタ自動車が1960年代に小型車をつくったのは、当時、日本の道は狭く未舗装の場合が多く、大型の輸入車がぬかるみで歩行者に泥をはねるのをなんとかできないかという思いがきっかけになったといいます。日立が5馬力の小型モーターをつくったのは、ゼネラル・エレクトリック(GE)社製の大型モーターが日本の製造現場の実情に合わなかったことがモチベーションになりました。あるいは音楽の視聴の仕方を劇的に変えたソニーのウォークマンは、屋外でも音楽を自由に楽しみたいという開発者の強い思いがありました。つまり変革には、こうしたいとか、こういう課題を解決したいという思いや目的が必ずあります。

リモートワークにしても、皆が在宅で引きこもる必要はなく、どんな場所やどんな状態だったらいいアイデアが浮かぶのか、快適に効率よく働くことができるのかといったことを突き詰めて、その上でそれぞれが選択していくことが本筋だと思います。

(取材・文=田井中麻都佳)

八尋俊英

株式会社 日立コンサルティング代表取締役 取締役社長。中学・高校時代に読み漁った本はレーニンの帝国主義論から相対性理論まで浅く広いが、とりわけカール・セーガン博士の『惑星へ』や『COSMOS』、アーサー・C・クラークのSF、ミヒャエル・エンデの『モモ』が、自らのメガヒストリー的な視野、ロンドン大学院での地政学的なアプローチの原点となった。20代に長銀で学んだプロジェクトファイナンスや大企業変革をベースに、その後、民間メーカーでのコンテンツサービス事業化や、官庁でのIT・ベンチャー政策立案も担当。産学連携にも関わりを得て、現在のビジネスエコシステム構想にたどり着く。2013年春、社会イノベーション担当役員として日立コンサルティングに入社、2014年社長就任、現在に至る。

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