コロナ後の社会変革をめざすうえで注目されるデジタルトランスフォーメーションは、労働生産性の改善や過剰な資本の見直しに活かすべきという水野氏。労働時間を減らすことで自由時間とゆとりのある生活を可能にし、文化の楽しみを享受できる社会にしなければならないと提言する。

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頑張りすぎて膨れ上がったところを元に戻す

――今後のウィズコロナ時代を見据えたとき、キーワードとしてデジタルトランスフォーメーション(DX)が注目されていますが、マクロな視点からDXをどう進めるべきと思われますか。

水野
第二回で言ったように、AIやロボットなどの活用においては、人間にゆとりをもたらすことを第一に考えなければならないと思っています。最近よく言われる「ワークライフバランス」も、優先すべきは「ワーク」よりも「ライフ」なのですから、ライフを先に置くべきではないでしょうか。

他の先進国と比較したデータで見ると日本の労働生産性は確かに低いですよね。パートタイムの人も含めて全就業者の年間平均労働時間は1664時間、一方、同じものづくりの国ドイツは1386時間です。日本は正社員に限ると、1977時間で1990年代以降減少していません。OECD(経済協力開発機構)の統計に基づく2018年の時間当たり労働生産性は日本が46.8ドルで、OECD加盟36か国中21位、ドイツは72.9ドルで8位でした。2018年の1人当たりGDP(国内総生産)は、日本が4万2,823ドルで18位、ドイツは5万3,749ドルで11位です。長く働いているのにGDPが低いというのは、やはり何かがおかしいと言わざるを得ません。

DXを進めるのならば、デジタル技術を1人当たりの労働時間を短くする、あるいはワークシェアリングするために活用することや、過剰な設備投資を見直すために活用するといった方向で考えることが重要だと思います。

――マインドを変えていくことで、縮小文明は可能ということでしょうか。

水野
そうですね。縮小というと悪いことのように感じられますが、今まで頑張りすぎてあちこち膨れ上がってしまったところを元に戻すというイメージでしょうか。ひたすら前へ前へと進んできたら、いつの間にか雪庇の上に来てしまったようなものです。足下の雪はいつなんどき崩れるかわかりませんから、勇気を持って後退しましょうということですね。

日本はそれが可能な国です。働く時間を減らせば必然的に余暇の時間ができます。コロナ禍でテレワークが進んだことで、住む場所と働く場所の問題も見つめ直されていますね。東京一極集中から地方への分散を真剣に考えなければ、地方は衰退するばかりになってしまいます。地方に人が増えれば、その地域で新しいサービスなどのビジネスが立ち上がり、分散した経済圏が形成できる可能性も高まります。新型コロナウイルスのような感染症の対策を考えると、メガロポリスを見直し、都市のサイズを50キロ圏内に戻すことも有効ではないでしょうか。

恒久的な問題に正面から向き合うゆとりを

――そうした意味では、コロナ渦はワークライフバランスという言葉よりも大きな意味で、人々の意識や社会のあり方を考え直す契機になりそうです。

水野
成熟社会への転換のきっかけにしなければならないと思います。成長ではなく成熟をめざすというのは、日本のようなゼロ金利の国だからこそ言えることで、それによってようやく自由時間とゆとりのある生活、本当の意味での自由な社会が形成できるはずです。

ケインズは『孫たちの経済的可能性』の中で、「100年後には先進諸国の生活水準は今の4~8倍程度になり、週15時間も働けば生活に必要なものを得ることができるようになるだろう」と書いていました。

日本はどうかというと、1930年の数字が分からないので戦後と比較しますが、2030年を待つまでもなく、すでに生活水準は8.5倍になっています。もう3時間労働の社会になっていてもおかしくないわけですね。ケインズは、「100年後に経済問題が解決されると、人類はいかにして賢明、快活、健康に生きるかという恒久的な問題に正面から向き合うことになる」とも書きました。自由時間が増え、社会システムや制度、あるいは個人の生き方について誰もが深く考えるようになる。そのことが民主主義社会の成熟にもつながるかもしれません。

そう考えると、日本は今が変革のチャンスです。ドイツでは新型コロナウイルスの感染防止対策によって困窮した国民に対する支援策を打ち出した際、文化相が「多くの人が文化の重要性を理解している。アーティストは生命維持に必要不可欠な存在だ」と言いました。ドイツでは普段から自由時間の過ごし方として文化に触れることが多いからこそ、体だけでなく精神の健康を守るために文化が不可欠であるという共通認識があるのです。日本ではそうしたゆとりが不足していないでしょうか。

ケインズの未来予想を夢物語にせず、誰もが明日の心配をしなくてもいい社会、芸術・文化の楽しみを享受できる社会にしなければならないと思います。人生100年時代とも言われる今、日本ではもう少し学びの時間を長くして、生産年齢を後ろにずらしてもいいと思うのです。若い時にしっかり学んだことは、問題意識をもって人生と向き合うことや、芸術を深く味わうことに役立つはずです。そうした意味では、リベラルアーツの強化も必要ですね。多くの人々に不幸をもたらしたコロナ禍ですが、教訓として活かし、経済成長だけをめざす資本主義社会から成熟した社会への転換点とするためにも、一人ひとりが豊かさとは何かを問い直すこと、資本というものに対する意識を変えていくことが必要ではないでしょうか。

水野 和夫(みずの・かずお)

1953年、愛知県生まれ。埼玉大学大学院経済学科研究科博士課程修了。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストを経て、内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、内閣官房内閣審議官(国家戦略室)などを歴任。主な著作に『終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか』(以上、日本経済新聞出版社)、『資本主義の終焉と歴史の危機』、『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』(以上、集英社)など。