一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏

※本記事は、2020年9月3日時点で書かれた内容となっています。

今回のテーマは、「逆・タイムマシン経営論」です。この記事が公開される頃にはすでに書店に並んでいるはずですが、10月に『逆・タイムマシン経営論』という本を出しました。気合を入れて書いた本です。今回は、このテーマでお話したいと思います。

「タイムマシン経営」という言葉があります。未来というのは偏在していて、今この時点においても世界のどこかで未来は実現しているという考え方です。例えばアメリカのシリコンバレーなどのビジネスの進んでいる国や地域に行って、そこで萌芽しつつある技術であるとか、経営手法であるとか、ビジネスモデルを先取りして、日本に持ってくる。これが「タイムマシン経営」で、実践者としてはソフトバンクの孫正義さんが有名です。

「逆・タイムマシン経営論」はその逆です。「タイムマシン経営」を反転させ、“過去”から見えてくる経営の本質があるのではないか、という発想がこの本のコンセプトになっています。

僕たちは毎日、新聞やテレビ、雑誌、オンラインのさまざまなメディアが発信する膨大な情報の中で生活しています。例えば、新しい製品や技術情報、いろいろなビジネスモデルの考察、具体的な企業の業績、動向、成功、失敗…。こうした情報が大量に発信されて、それがたちどころにSNSで拡散されていきます。

そういう情報化社会では、時代を象徴するような旬のはやり言葉、バズワードというのが重宝されます。直近でいうとAIとか、DX(デジタルトランスフォーメーション)とか、サブスプリクション、リモートといったバズワードです。

これは、もちろんそれぞれに意味があって使われている言葉なのですが、こうしたメディアが一斉に取り上げるような言説には、その時代特有のバイアスがかかっています。これが実際の意思決定を狂わせる要因になっている。これを僕は「同時代性の罠(わな)」と呼んでいます。では、どうすればこの「同時代性の罠」から抜けられるのか。タイムマシンに乗って“過去”にさかのぼるに若くはなしというのが『逆・タイムマシン経営論』です。

“過去”にさかのぼるといっても、江戸時代とか戦国時代とか平安時代に立ち返れという話ではなくて、“近過去”のほうが意味がある。高度成長期から2010年代の“近過去”にさかのぼって、当時のメディアの言説を振り返ると、示唆に富んだいろいろな発見があります。

10年、20年、30年という時間を経た過去の言説を今振り返ると、同時代のノイズがきれいさっぱり洗い流されていますから、むき出しの本質的な論理をくみ取ることができます。つまり、「新聞や雑誌は10年寝かせて読め」。多くの人は、メディアの情報は同時代においてのみ価値を持つと思われているのでしょうが、実は10年寝かすと、これが非常に優れた教材になる。しかも必要なのは、新聞、雑誌、メディアの過去記事だけです。ほとんどコストがかからない。

『逆・タイムマシン経営論』は、経営の本質を見極め、戦略構想のセンスやビジネスにおける大局観の錬成に役立つ新しい“思考の型”を提示したいと考えて作った本です。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

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「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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