早稲田大学ビジネススクール教授 入山章栄氏/一般社団法人企業間情報連携推進コンソーシアム NEXCHAIN理事長 市川芳明氏
9月4日にEFOがイベント形式でオンライン配信した公開取材「ブロックチェーンを活用した企業間情報連携という新たな潮流」における、早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏と一般社団法人企業間情報連携推進コンソーシアム NEXCHAIN(ネクスチェーン)理事長・市川芳明氏による対談の第2回。企業が直面しているイノベーションの難しさ、入山氏が日本企業に不足していると説く「知の探索」の場としてのNEXCHAINの可能性について二人が語った。

「第1回:儲けないプラットフォーマー」はこちら>

協創における「活性化エネルギー」を減らしたい

入山
NEXCHAINは儲けることを目的としないプラットフォーマーをめざしているとのことですが、どうしてこの考えに至ったのですか。

市川
冒頭でも少しふれましたが、どうすれば「協創」を実現できるかが出発点でした。

協創、つまり複数の会社が協力し合ってマーケットを獲りに行く。これは社会課題の解決というSociety 5.0のテーマに即してみれば当然の動きでして、1社だけで社会課題を解決するなどという大それたことはできるわけがないですよね。やはり複数の会社が集まって、それぞれの得意分野を活かして手を組むことが必要ではないかと思います。わたしは最近、研究関連でサーキュラーエコノミー(循環型経済)の分野にどっぷり浸かっているのですが、「サークル」という言葉が意味するのは、複数のセクターが手を組んで経済を回していくこと。つまり、1社だけではできないことなのです。

ただ、実際に協創しようとしてもなかなかうまくいかないのが現実です。協創するのがどうしてこんなに難しいのか……マクロの視点で考えたときに思い出したのが、有機化学で分子が結合して巨大分子になるクロスカップリング反応です。かつては、この反応を人工的に起こすことがほとんどできませんでした。なぜかというと、例えばベンゼン環同士を結合させるためには大量の活性化エネルギーを発生させることが必要で、それが人類にとって非常に高いハードルだったからです。しかし後年、ノーベル賞を受賞した研究者の方々のおかげで、触媒を使って活性化エネルギーを減らせるようになり、人工的に反応を起こせるようになりました。

これと同じように、協創にも触媒が要るのではないかという考えに至りました。異なる組織と組織がくっついて一緒に事業を興すためには、本来、非常に高い壁を乗り越えなくてはいけない。そのときに第三者がいて、その壁を低くして簡単に乗り越えられるようにする。そんなしくみを提供できれば、もっともっと協創が起こってくるのではないか。そう考えたのが発端です。

NEXCHAINの場合、企業同士をつなげる鍵が情報なので、名称に企業間”情報”連携が入っていますが、それ以前に企業同士が手を組みやすい場を提供したいという発想が初めからありました。

入山
なるほど。わたしの知り合いに留目真伸(とどめまさのぶ)さんという方がいらっしゃいます。もともとレノボ・ジャパン株式会社のトップで、一時期は株式会社資生堂のチーフストラテジーオフィサー(CSO)もされていた方ですが、2019年にSUNDRED株式会社というご自身の会社を立ち上げられました。留目さんがこの会社で進めようとしているのが、実は新しい産業をつくることなのです。Society 5.0とも関係すると思うのですが、留目さんがおっしゃるには、日本でこれから必要なのは新しい産業を生み出すことだと。それがないから今の日本は生産性が低いのだと。

左から入山章栄氏、市川芳明氏

市川
確かにそう思います。

入山
そのためには1社だけでイノベーションを起こそうとしても仕方なくて、まさに市川さんがおっしゃるように複数の会社が連携することで新しい産業を生み出したり、イノベーションを起こしたりすることが日本には求められていると。そうなると、やはり共通の情報基盤が、特にサイバー空間では必要になる。NEXCHAINがその土台になっていくということですよね。

市川
ぜひそうなりたいと思っています。

「知の探索」の場としての企業間情報連携

市川
NEXCHAINのもう1つの役割が、入山先生の著書にも出てくる「両利きの経営」でいうところの「知の探索」です。知の探索をするにもやはり一種の壁があると思います。ほとんどのビジネスパーソンにとって、異なる業種で働いている人とビジネスアイデアを出し合ったり、深く議論したりする機会などなかなかないのが現実です。

入山
ちなみに知の探索をご存じない方に申し上げると、これはわたしが初めに言い出した言葉ではなくて、世界の経営学では常識的に使われている概念をわたしが日本語に訳して紹介しただけなのですが、「イノベーションとは知と知の新しい組み合わせで生まれる」という経営学の基本原理の1つです。人間は認知に限界がある。つまり、どうしても近場の物事しか見えない。したがって、複数の人間で構成されている企業組織にも、認知に限界がある。結果として、近場の物事から得た「知」しか組み合わせられないから、やがてイノベーションが尽きてしまうというわけです。

ですからイノベーションを起こして新しい時代をつくっていくには、自分の専門分野からなるべく遠くにある「知」に出会う必要がある。遠く離れているプレーヤー同士こそ、知見を交換したり、コラボレーションしたりする必要がある。それがいわゆるオープンイノベーションを生むのです。

ただ一方で、この辺が市川さんの問題意識だと思うのですが、わたしのような学者がオープンイノベーションと口で言うのは簡単ですけど、企業が実際にこれをやるのはめちゃめちゃ面倒なんですよね。最近、大企業がベンチャー企業に投資するという動きが徐々に増えていますが、コラボレーションや契約といった段階になるとなかなかうまくいかないという話を聞きます。そういったオープンイノベーションの壁を、NEXCHAINで解消していこうというのが市川さんの狙いですよね。

市川
まさにおっしゃるとおりでして、NEXCHAINの会員企業になっていただくと、今まで接点のなかった企業・業界の方々と意見を交わすことができます。NEXCHAINでは検討テーマごとの分科会をいくつか設けており、異なる業界の方々が1つのテーブルに集まってブレインストーミングをすることで、お互いの業種にはない知識を交換し、新しいビジネスアイデアの素をひねり出していただく場としています。とにかく多くの業界の方とお話ししていただくために、一回の分科会で2~3回グループを組み替えて異なる企業の方同士にセッションしていただくといった試みも考えています。こういった仕掛けが、知の探索に非常に役に立つのではないかと思います。

入山 章栄
早稲田大学ビジネススクール 教授

慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。株式会社三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事し、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.(博士号)を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授を務め、2013年から早稲田大学ビジネススクール准教授、2019年より現職。経営戦略論および国際経営論を専門とし、Strategic Management Journalをはじめ国際的な主要経営学術誌に論文を数多く発表している。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版,2012年)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社,2015年)、『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社,2019年)など。

市川 芳明
一般社団法人企業間情報連携推進コンソーシアム NEXCHAIN 理事長

多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授
東京都市大学環境学部客員教授
(一社)ウエルビーイング規格管理機構 代表理事
(一社)サステナブルビジネス研究所 代表理事
日立製作所入社後、原子力の保全技術およびロボティクス分野の研究に従事。環境管理、新規ビジネスの立ち上げ、国際標準化を主導。現在、多摩大学ルール形成戦略研究所において客員教授としてビジネスエコシステムとルール形成戦略を研究中。IEC(国際電気標準会議)TC111(環境規格)前議長、ACEA(環境諮問委員会)日本代表、ISOTC268/SC1(スマートコミュニティ・インフラ)議長、ISOTC323/WG2(サーキュラーエコノミー・ビジネスモデル)主査、CENELEC(欧州電気標準委員会)オブザーバー、工学博士、技術士(情報工学)。代表著書に『「ルール」徹底活用型ビジネスモデル入門』(第一法規,2018年)。

「第3回:サイバー空間にこそ眠る、イノベーションの可能性」はこちら>

【イベントレポート公開のお知らせ】NEXCHAINオンラインセミナー「企業間連携の現在地」

2021年3月12日に開催したNEXHCAIN主催オンラインセミナー『企業間連携の現在地』のイベントレポートを公開。

NEXCHAIN取り組みの現在と今後の展望、DXを推進する経団連DXタスクフォース浦川座長のご講演や参画企業様のパネルディスカッションなど、オンラインセミナーの4セッションのアーカイブ映像と各講演内容のエッセンスを紹介。

イベントレポートはこちら

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