ヤマザキ マリ氏 漫画家・文筆家 / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
イタリア人は猜疑心が強く、だからこそ自分の頭で考え、自分で判断することに責任を持つ。そうした姿勢が社会を成熟させるというヤマザキ氏。コロナ禍で家にこもって思考する時間が増えたことが、パンデミック後の社会をよりよいものに変えていくきっかけになればと山口氏は期待を込める。

※本対談は、2020年5月7日に行われたものです。

「第1回:パンデミックが招く社会の変化」はこちら>
「第2回:感染症が浮き彫りにした倫理観の違い」はこちら>
「第3回:古代ローマと日本の共通点、異なる点」はこちら>
「第4回:寛容性は強力な武器になる」はこちら>

イタリア人は人を信じない

山口
ドイツの哲学者ユルゲン・ハーバーマスが『公共性の構造転換』の中で、「公共性」が民主主義を発展させたけれど、その構造が変質して大衆化し、政治もそれに迎合するものとなっていったと指摘しています。

「公共」を意味する「public」の対義語は「private(私的)」ですが、privateと「deprived(奪われた)」は語源が同じなんですね。公民としての権利や責任を奪われた状態がprivateということです。本来、公民として政治に参加するには責任を伴うわけです。そのためには教養や思考力がなければならない。でも、近代以降は公民としての権利だけを持ち続けて思考しない大衆とともに、私的な利害と妥協によって政治が動くようになっていった。だから公共性というもののさらなる転換が必要であるというのが彼の考えです。

ヤマザキ
いろんな人がいろんな考えを持つほど統制が利きにくくなるのも事実で、そこに民主主義の齟齬が生じ、共感できる、あるいは弁の立つリーダーのところに人が集まっていく。それが人間にとっては楽なあり方かもしれません。民主政治が象られたのは紀元前5世紀まで遡るというのに、未だにうまく機能させることができないというのは、人間にとってそれだけこの政治形態のハードルが高いということなのかもしれないですよね。

山口
ただ、リーダーの言葉を無批判に信じるのか、自分で考えて受け入れるかには違いがあると思います。

ヤマザキ
そうですね。イタリア人って、親切で優しくて誰でも両手を広げて迎え入れてくれる人たちだと思われがちですが、実際にイタリアに住んでみると、イタリア人ほど人を疑う民族はこの世にいないと感じます。ものすごく猜疑心が強い。だからこそ、自分が「信じる」ということに対する責任感も強いのです。紀元前から権力や国威をめぐっての争いが絶えず、領地を奪われたり奪ったり、支配者や政体が目まぐるしく変わったり、とにかく人間の歴史は裏切りによって作られてきたと思っているところもあるので、政治家だって信頼していません。「信頼する」って美しいことのように聞こえますが、何も考えずに誰かを信じるのは責任を丸投げする、という意味でもある。「この人はこうに違いない」、「こうしてくれるはず」と思い込んで、そうならないと「裏切られた」と怒るのは簡単なことです。裏切った相手に責任を転嫁すればいいわけですから。

他人を信じる危険を回避したのであれば、自分の頭で物事を考えるしかありません。どんな些細なことにもとりあえず疑念を発動させ、それについて得た考えに自分の責任を持つことが、社会の成熟を促すのだと思います。

人間性を取り戻すきっかけに

山口
コロナ禍で家にこもる時間が増えたことで、思考する時間も増えたと前向きに捉えたいですね。

ヤマザキ
冒頭で言ったようにパンデミックは、善い悪いは別として社会変革のきっかけになっていますものね。歴史的なパンデミックの中でも大きなものの一つが、紀元165年頃に起きた「アントニヌス・パンデミック」です。天然痘の流行であったと考えられていますが、それがキリスト教の拡大と五賢帝時代の終焉を招き、ローマ帝国の衰退につながったと見られています。

その後もいくつかの大きなパンデミックを経て、中世の暗黒時代が訪れ、そこから人間を解放するルネサンスが起きました。もともと下火のようにあったギリシア・ローマ文化を再生し、人間性を取り戻そうという動きが1300年代のペストの大流行のあと、大きく花開いたわけですよね。人口の半数から6割が死滅したと言われる絶望的な疫病のもたらした危機が、メンタル内の保守的で余剰なレイヤーをこそぎ落としたことで、斬新な表現に対するエネルギーが生み出されたのではないかとも考えられます。

山口
私はたまたま3年ほど前に出した本のあとがきで、ルネサンスがもう一回来るといいなということを書きました。その頃には予想もしていなかったコロナ禍ですが、20世紀の経済発展の中で置き去りにされてきた人間性というものを、取り戻すきっかけになるかもしれないという期待もあります。

ヤマザキ
今回のパンデミックが、暗黒時代への入り口になるのか、それともルネサンスがもう一度起きる光明となるのか、私たちは今その岐路に立たされているとも言えるでしょう。ルネサンスのようなことは意図的に起こせるものではなく、自然発生的な意識改革の動きが必要ですが、パンデミックという大きな打撃が、そのきっかけになるかもしれない。災厄を奇貨とするためにはどうあるべきか。それには、どこかの誰かが気の利いたことを言ってくれたり行動をとってくれたりするのをぼんやり待っているのではなく、まず何より自分たちの頭で考えることを大切にしなければと、改めて思います。

ヤマザキ マリ(やまざき まり)

1967年東京都生まれ。1984年に渡伊。国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で油絵と美術史を専攻。東京造形大学客員教授。シリア、ポルトガル、米国を経て現在はイタリアと日本で暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ綬章。主な漫画作品に『スティーブ・ジョブズ』、『プリニウス』(とり・みきと共作)、『オリンピア・キュクロス』など。文筆作品に『国境のない生き方』、『仕事にしばられない生き方』、『ヴィオラ母さん』、『パスタぎらい』など。

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。