特定非営利活動法人 TABLE FOR TWO International代表 小暮真久氏 / 株式会社 日立製作所 社会プラットフォーム営業統括本部 課長代理 齊藤紳一郎
TABLE FOR TWO International(TFT)代表の小暮氏は、企業間情報連携推進コンソーシアムといった日立の齊藤の活動に、強い関心を示す。その背景には、自分たちが身を持って体験してきた切実な課題があった。

「第1回:連携というチカラ」はこちら>

困り事こそ、社会課題

小暮
こういった企業間のデータ連携のコンソーシアムを僕が面白いと思うのは、ありがちな政府や官主導ではなく日立という企業が音頭を取って民間企業で牽引しているというところです。

齊藤
確かに、自分から手を上げる会社ってないんです。日立もそうで、基本的にお客さまのご要望に技術で応えてきた会社です。でも社会を変えるためには、必要性を感じた人が会社を巻き込み、意志を持って動く必要がある。「誰かがやってくれないか?」と待っていても何も変わらないので。だから最近は日立が自ら手を挙げて、お客さまにお声がけしてビジネスを進めるというスタイルに変わってきています。これまでお客さまを裏方で支えてきた実績を生かして、複数のステークホルダーをニュートラルな立場でまとめることができるということで始めました。

小暮
でもこういう場づくりというのは、最初の1社目に仲間に加わってもらうのが結構難しいと思うのですが、例えば引っ越しの事例では、どうやって他の企業を説得されたのですか。

齊藤
ステークホルダーとなる企業のメリットを考えて、あとは世の中の困り事をなくしたいっていう熱意を全面に打ち出してという感じです(笑)。

でもコンシューマのお客さまを持つ企業は、お客さまに利便性の高いサービスを提供したいという本質的には同じような事を考えていらっしゃいました。

小暮
同じようなことというのは、データシェアリングによって社会課題を解決するといったことをですか。

齊藤
そういう大きな話というよりは、転居に伴う手続きに無駄が多すぎるということで、ユーザーに負担をかけているということを気にされていた。

小暮
最初に不動産の賃貸に着目した理由は、何だったのですか。

齊藤
僕がたまたま直前に引っ越したからです(笑)。電気、ガス、水道、インターネット、NHK、全部手続きをしまして、出ていく方は契約をやめて入る方は契約をしてと、完全に二度手間を全部やらなければならなくて、もううんざりしたんです。

何か簡単な方法がないか調べてみたのですが、国も引っ越しワンストップサービスの実証をやったことがあったようで、これはやはり社会課題なんだと気づきました。それからは、社会課題というのは自分が困っていることだと考えるようになりました。

コンソーシアムの世界へ

小暮
なるほど、そういう問題があって、データをシェアするとそこに価値が出てくるということに気づかれた、と。そこから今度は技術論に入っていったときに、なぜブロックチェーンということになったのですか。

齊藤
これまでのビジネスは、2社間で何かをやるというのはありましたが、たくさんの会社が集まってコンソーシアムとしてやることってあまり世の中的になかったというのがひとつの理由です。もうひとつは、ステークホルダーが増えてくると、そのデータを最後に書き加えた人といった証跡管理を厳密にやる必要が出てきます。そこは、1回書くと改ざんできないブロックチェーンの特性がすごくはまるだろうと思いまして、日立の研究者にも話を聞きにいき、具体化していきました。

TFTの切実な課題

小暮
改ざんができないとか、記録がきちっと担保されるというのは、まさに僕たちNPOの望んでいた機能なのです。よく参加している企業や寄付者の方に言われるのが、「TFTにお金を預けて、本当に大丈夫なんですか」ということなんです。例えば、それが政府の賄賂に使われたりとか、いかがわしい団体に流れていたり、そういうことがないことをどうやって保証してくれるのか。

アナログの世界でやれることは、僕らも全部やっているんです。それは、現地で一緒にやっている団体からレポートを出してもらったり、財務的な記録を全部出してもらったり、年に1回はかならず現地を見に行ってもいます。始める前には、もちろんデューデリ(※1)もします。そこまで情報を集めても、最終的にやっぱり寄付者の疑念というのは払拭できなくて、僕はこれを解決するのはテクノロジーしかないとずっと思っていたんです。

(※1)デュ―デリジェンス(Due Diligence):投資を行うにあたって、投資対象となる企業や投資先の価値やリスクなどを調査すること。

そしてちょうど2年半ぐらい前に「ダボス会議(※2)」に招待された時に、まさにブロックチェーンの話がそこで出ていました。日本で話されているような文脈に加えて、それを国際的な課題とか地球規模の課題にどう使うかという議論で、ものすごくヒートアップしていました。僕は、もうその時に、「ああ、僕らが求めていたのはこれだ」と思いました。

(※2) ダボス会議:スイス・ジュネーブに本拠を置く非営利財団、世界経済フォーラムが毎年1月に、スイス東部の保養地ダボスで開催される年次総会。

ブロックチェーンによる身分証明

小暮
われわれも支援しているシリアの難民キャンプに行った時、そこにいる皆さんは紛争の中から命からがら逃げてきたので、パスポートは持っていない、免許証は持っていない、何も身元を保証してくれるものがないんです。僕が話を聞いたお父さんは、シリアでは結構名のあるお医者さんだったようなのですが、自分が実績のある医者であることを誰も知らないし、証明する方法もないと、泣きながら悔しがっていました。

そのときダボス会議で話し合われていたのは、この難民キャンプの人たちのIDになるものをブロックチェーン上で作りましょうということでした。それがあることで、銀行のキャッシュカードが発行できたり、クレジットカードが使えたり、キャンプの外で家を借りるとか、携帯を手に入れることができるようになる。そのブロックチェーンによるIDの仕組みを、国連がバックアップしてやっていました。それを見て、僕はブロックチェーンのすごさに惚れちゃったのです。

そこからは、ブロックチェーンについて結構考えるようになりました。さっきの寄付の世界で言えば、食事することで20円を寄付してくれた人から、アフリカの給食として届くまでのプロセスをきちっと記録に残し、ブロックチェーンでやっていますと言えれば、もうこれは僕たちが言葉を尽くすよりも一発で解決できるのかな、というところにすごく魅力を感じています。

(撮影協力:Los Angeles balcony Terrace Restaurant & Moon Bar)

小暮 真久(こぐれ まさひさ)

1972年生まれ。1995年に早稲田大学理工学部卒業後、オーストラリアのスインバン工科大で人工心臓の研究を行なう。1999年、同大学修士号取得後、マッキンゼー・アンド・カンパニー東京支社入社。ヘルスケア、メディア、小売流通、製造業など幅広い業界の組織改革・オペレーション改善・営業戦略などのプロジェクトに従事。同社米国ニュージャージー支社勤務を経て、2005年、松竹株式会社入社、事業開発を担当。経済学者ジェフリー・サックスとの出会いに強い感銘を受け、その後、先進国の肥満と開発途上国の飢餓という2つの問題の同時解決をめざす日本発の社会貢献事業「TABLE FOR TWO」プロジェクトに参画。2007年NPO法人・TABLE FOR TWO Internationalを創設し、理事兼事務局長に就任。社会起業家として日本、アフリカ、米国を拠点に活動中。2011年、シュワブ財団・世界経済フォーラム「アジアを代表する社会起業家」(アジアで5人)に選出。同年、日経イノベーター大賞優秀賞を受賞。2012年、世界有数の経済紙Forbesが選ぶ「アジアを代表する慈善活動家ヒーロー48人」(48 Heroes Of Philanthropy)に選出。主な著書に『「20円」で世界をつなぐ仕事』(日本能率協会マネジメントセンター)、『20代からはじめる社会貢献』(PHP新書)、『社会をよくしてお金も稼げるしくみのつくりかた』(ダイヤモンド社)などがある。

齊藤 紳一郎(さいとう しんいちろう)

株式会社 日立製作所 社会プラットフォーム営業統括本部 第二営業本部 第一営業部 課長代理 通信会社担当 メーカー系通信端末販売会社を経て2007年日立製作所入社。通信会社の基幹システム構築プロジェクト及びコールセンター等のアウトソーシングサービスの立上げプロジェクトに従事。2017年よりエンタープライズ領域におけるブロックチェーンのビジネス適用の検討に参画。Society 5.0のめざすつながる社会の実現へのブロックチェーン適用の可能性を検討中。2020年4月発足の企業間情報連携推進コンソーシアム立ち上げメンバー。

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