一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏

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みんな“異文化体験が大切だ”と、頭ではわかっている。それなりに本を読んだりもしている。でも、文字通り異文化「体験」ですから、結局は自分で体験してみなければ、異文化を理解した上で包摂するような行動はとれない。しかも、いざ「文化」の違う人が来ると、それは自分の心地いいものが多かれ少なかれ犠牲になる。日常の生活、行動としては自然には起きにくいんですね。

僕の最初の異文化体験は、日本でした。南アフリカから小学校高学年で帰ってきたのですが、それまで暮らしていた南アフリカというのは、多民族国家のアフリカの中でも非常に人工的な面がありまして、主にヨーロッパからアフリカ大陸の南端まで流れ着いて定着した人が多い国でした。太陽が昇ると起きて、沈むと寝て、テレビもない隔絶された環境で、呑気に過ごしていました。基本的には自分の家、自分の家族との生活が日常のすべてです。まあ、子どもはみんな世界が狭いものですが、学校も日本人小学校だったので、南アフリカの人になり切っているつもりは全然ありませんでした。

でも、日本に帰ってくると、本当の日本文化に直面するわけです。僕は、とにかく小学生のアグレッシブさ、真剣さ、やる気に驚かされました。今でもはっきりと覚えているのは、はじめて小学校に登校した朝です。僕が通っていたのは普通の公立の小学校で、当時は生徒もいっぱいいる大きな学校でした。その日は月曜日の朝だったので、みんな校庭で朝礼が始まるまでの間遊んでいるんです。僕も、誰も知らないんですけれども、ボールを蹴ったりとかしてる子たちに入れてもらったりしていました。そして“キンコンカンコン”とチャイムが鳴ります。そうすると、あっという間にササササッとクラス別に分かれて、「小さく前へならえ」とか言ってものすごいピタッときれいに整列して、「おはようございます」と挨拶する。これ、誰が糸引いて動かしてんだよ、みたいな。その規律、秩序に、まったく付いていけませんでした。

日本に帰ってきて、いきなり5年生の算数とかいうと結構難しいんです。試験をやっても0点、全然わからないんです。何を言っているのか、何を問われているのかもわからなくて、ちょっと暗たんたる気持ちになりました。ただ、それは小学校の算数なんで、やればいいよっていう話で、「文明」ですよね。やれば普通にできるようになる。時間の問題です。

ただ、「文明」は克服できても「文化」は難しいなと思ったのは、体育の時間のドッジボールです。とにかく、みんな真剣、本気。僕は、暑いし、ほこりっぽいし、まあ大概にしようかななんて思って一緒にやっているんですが、他の生徒は真剣そのものなんです。ここで勝とうが負けようが、そんなにあなたの人生にとって重要な問題じゃないはずなのに、もう真剣。当時の日本のアグレッシブな文化に戸惑うことしきりでした。

週に一度のクラブ活動なんて、普通の授業じゃないし、これは流す時間なんだろうから家に帰っちゃおうかな、なんて僕は考えているのに、みんな体育以上の真剣さで練習する。南アフリカの学校で、薄ぼんやりしていることが主な活動だった小学生にとって、これはかなり強烈な異文化体験でした。

南アフリカでも十分に日本文化の中で育っている気がしていたんですが、やっぱり体験しないとわからない。いまだに、やっぱりあの頃の疎外感っていうか、傍流意識はあります。僕はいまだに一致団結というのが苦手ですから。

大人になってから、仕事でちょくちょく外国に行くようになりました。前も話したように、アメリカは圧倒的に気楽ですね。割と長いこと住んだのは、イタリアのミラノです。ミラノはイタリアの中ではもっとも「文明的」で住みやすい街です。これがパレルモやナポリだったらより文化が濃くて、適応に苦労したと思います。それでもやっぱりアメリカと比べればイタリアですから、文化濃度は高い。

つまり、これはいいことで、これは悪いことっていうのにちょっと癖があるんです。人間関係にしても非常に「文化」が濃くて、時間をかけて練り上げられてきたこういう社会の基盤があるっていいなあと思うこともあれば、日常生活ではちょっと「あれ?」って思うこと、何か「察しろ」みたなものってあるじゃないですか。イタリア人というと陽気であけっぴろげで歌を歌っているというステレオタイプがありますが、実際は全然そんなことなくて、仕事の場でもみんなわりと「空気を読む」んですね。その辺は日本と似ているのですが、空気の読み方が違う。

ずいぶん前に「NOと言えない日本」という話がありましたが、イタリア人もそういうタイプの人が多い。アメリカ人ほど直截じゃない。でも、日本人だったらNOと言わない以上、なんとかやろうとするじゃないですか。責任感の初期設定値が高い。ところが、イタリア人は「NOではないけど、やらない」んです。「OKだ、やる、って言ったじゃないか」と詰めると、「あの時はお前を悲しませたくなかったからNOと言わなかっただけだよ……」とか言われる。そういうので、なかなか難しいなと思ったこともあります。つまり、「文化」の濃い国に行けば十分に文化体験はできるということです。

そもそも「文化」の定義からして、異文化が大好きっていう人はあんまりいないと思うんです。その中にいる人にとって気持ちよくて楽なのが文化ですから。いたとしたら、自国の「文化」が嫌でしょうがない人、日本が嫌いでやっぱりもうインドに住んじゃうとか、そういう人でしょう。だから、もともと「異文化体験素晴らしい」「異文化理解最高」っていうものではなくて、何か癖があっていやだなとか、難しいなと思うことが多い、異文化体験っていうのはそういうことなんだと最初から思ってたほうが、むしろ向き合いやすい。

例えば日本の中でも、どの街に住むのか、というのは異文化体験のひとつかもしれません。僕が日本に帰ってきて住んでいるのは鷺沼という、戦後の高度成長期に作られた新興住宅地です。僕の弟は、鷺沼ではなく、横浜の山手に住んでいます。なぜかというと、「鷺沼は文化が薄いからいやだ」っていうんです。やっぱりあの辺は横浜文化が濃くて、これが非常に心地いいと。これは、やっぱり時間をかけないと絶対できない「文化」なので、100年後ぐらいには鷺沼も、もうちょっと「文化」が濃くなっているかもしれません。違う街に住む、引っ越しというのも、身近な異文化体験といえるでしょう。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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