一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏

毎週月曜日に配信されている、楠木建の「EFOビジネスレビュー」。その中で載せきれなかった話をご紹介する、アウトテイク。これが、めちゃめちゃ面白いです。

「時間」は常に流れていて、見ることができないっていうのは、こういうことだなあという例で、僕の好きな話をご紹介します。

淺井カヨさんという女性がおりまして、この人は大正時代の“モダンガール”、その文化に関心がある研究者の方です。彼女がすごいのは、単に関心があるだけじゃなくて実践家なんです。当時の都市部のモガの生活をそのまま実践している人で、服装はもちろん、家の電話は黒電話で、当然テレビなんかはなくて、冷蔵庫は氷を入れて冷やすという時代のものを使われている。そういうちょっと変わった方なんですが、これまたすごいなあと思うのは、彼女はご結婚なさっていて、旦那さんが“モダンボーイ”の実践者。モガとモボ、気が合うに決まっていますよね。今、東京の小平に当時の日本人の生活を完全に再現した家を建てて、2人でそういう生活実践研究をなさっている。素晴らしいですよね。

その淺井カヨさんがインタビューをされていて、「これだけ実践していらっしゃるわけですから、さぞかし大正時代に生まれたかったでしょうね」と聞かれると、「いや、絶対に今がいいです」と。なぜかというと、「もし私が大正時代に生まれていたら、江戸時代を研究しているに決まっている」。

つまり、「時間」は常に流れていてダイナミックなものなので、しばしば本質を見逃してしまう。「時間」には、お金のように「はい、あなたは何円使いました」というような固定性がない。それが、僕は「時間」と付き合うときに一番考えておくべきことだと思います。

淺井カヨさんと同様に、僕もテレビを見ません。見ないと言っても、テレビを持っていないわけではなくて、地上波やBSといった「テレビ番組の放送」は見ないということで、YouTubeは見ています。音楽系のYouTubeにはいい動画がいっぱいあって、演奏の技術解説なんかもすごくいい教材があります。最近YouTubeを見るために、奮発して有機ELテレビ55型を買いました。でも、このテレビでテレビ番組は見ない。

YouTubeには、音楽だけではなくいろいろなジャンルの動画が出てきます。バラエティみたいなお笑いのギャグとか、そういうものがあったりして。僕の場合、テレビを見ていないので、そのYouTubeのアーカイブにあるものが、一体いつ頃流行ったものなのかというのがわからないんです。女性歌手も、最新のアイドルは中森明菜。それ以降はさっぱりわかりません。こういう生活をしていると、僕にとっては最新の面白いギャグでも、それが流行ったのは10年前のことだった、ということがままあります。

しばらく前のこと、“チャラ男”っていうんですか、「君かわういねぇ」とか、「ぽいぽいぽいぽぽいぽいぽぴー」とかをYouTubeで見まして、へえーと思って。ある日うちの娘に、「サンキューでーす!」と言ったら、「……おい、お前、どうした」と。続けて「ぽいぽいぽいぽぽいぽいぽぴー」とやったら、ドン引きされました。

なんか時間軸が10年ぐらい歪んでいたみたいで、そのときも「時間」って本当に見えないなあと思いました。それでも、もちろんテレビ番組は見ません。時間の無駄だと考えています。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。