まず1回目は、「時間」という資源に固有の特性から話を始めます。よく、その人を知りたければ、本棚を見るといいとか、何を食べているか聞いてみるといいということを言います。以前にお話ししたお金の使い方もそうですが、その人の本質がよく出る。しかも本棚や食事は外部から観察できる行動です。「時間の使い方」というのは、それ以上にその人間の行動とか仕事とか生活の特徴を浮き彫りにするものだと思います。

僕は競争戦略という分野で仕事をしています。この分野の始祖に当たるのがマイケル・ポーターという先生です。僕が尊敬するこの先生は、専門は競争戦略なんですが、ときどきセンスがあるなあと思わせるテーマで、派生的な研究をしています。

2018年6月の「Harvard Business Review」※に掲載された論文で、同僚のニティン・ノーリアという人とポーターが“CEOの時間の使い方”という調査をしました。これは実に面白いテーマで、ポーターのようにセンスのいい人が、やっぱり重要な問題として研究するんだなあと思わされました。具体的には、米国の大企業の27人のCEOが、どういう「時間」の使い方をしているのかを、延べ6万時間分調査し、そこで何がわかったのかという報告です。

※延べ6万時間のデータ分析から見える理想と現実「CEOの時間管理」
ハーバード大学 ユニバーシティ・プロフェッサー マイケル E. ポーター
ハーバード・ビジネス・スクール 学長 二ティン・ノーリア

もちろん一定の分散はあるのですが、平均値で見ると、平日の業務時間というのは大体10時間ぐらいです。土日も79%の人が、何らかの仕事をやっぱりしている。週末の仕事に費やす時間は、平均して4時間。ロケーションで見ると、大体半分本社にいて、半分は社外に出ている。お客さんのところとか、自分たちの会社の他の事業所とかです。家に帰ると、2時間ぐらいは私的な時間。テレビを見るとか読書とか趣味に当てている。平均の睡眠時間は、6.9時間です。

CEOならではというか、僕もへえーと思ったのですが、業務の72時間は会議に費やされている。そして、全仕事時間のうち75%は、もう自分の自由にはならない。つまり、先に秘書とかに予定を組み込まれているわけです。そんな調査報告についてポーターとノーリアがいろいろな論考をしている論文なんです。

この調査結果を見たときの僕の感想は、「ま、そういうもんだろうな……」。特に驚きはない。CEOといえども6.9時間寝て、確かに激務ではありますけれども平均10時間働いて、半分本社で半分社外、2時間家でテレビを見ていたりしている、と。まずまずフツーですよね。これ、ここが「時間」という資源の面白いところなんです。

つまり、誰しも24時間しか持っていないし、寝なくてもいいという人はいない。ご飯を食べなくてもいいという人もいません。どうやって配分していますか、と聞いても、そもそも「時間」という資源の性質からして、びっくりするような話は出てきようがない。3日に1日しか寝ないという人はいないんですね。仕事として、大きな会社のCEOというのは特別な人々です。例えば、この人たちのお金の使い方を調査したら、もっとびっくりすることがいっぱい出てくると思うんです。食べているものを調査しても、おそらく会食とかも多いでしょうし、CEOと普通の人はだいぶ違うはず。驚くような話があるかもしれません。本棚を見せてくださいといった場合でも、わりと普通の人と違うかもしれない。

ここが本棚、食べ物、金の使い方と、「時間」の異なるところです。要するに、時間はそれだけ平等だということです。1日の時間はだれしも24時間。動かしようがない。金の場合だと、「私は月に24万円しかないんですけど」という人がいれば、「僕は2億4,000万円ありますよ」という人もいるわけです。もちろん「2,400円しかない」という中学生もいる。

以前に金の特徴として、「単純量」だから比較してしまう、「普遍的交換性」があるから他の価値とひも付けてしまう、「貯蔵性」があるから未来を縛る、という3つを挙げました。それでいうと「時間」には「貯蔵性」がないわけです。「交換」もできないですよね。お金はどんどん交換できるわけですけど。ここに「時間」という資源の特殊性があります。

希少な資源だということは、それだけ制約が強くかかっているわけで、「時間」の使い方が鍵だという結論になる。それは、多くの方がそうだよねというふうに思うはずです。「時間管理術」みたいな話って、今も昔もかなり需要の多い論点になっていますから。

しかも、「時間」が誰でもすぐに取り組めるテーマなのは、供給が“ただ”だからです。調達コストがゼロ。必要な条件、生きていること。生きているだけで、必ず1日24時間が公平に分配される。それが、「時間」という問題が昔から人々の興味を引いて、今に至るまでそうなっているという理由、「時間」の特殊性だと思います。

(撮影協力:六本木ヒルズライブラリー)

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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