株式会社ポピンズホールディングス 代表取締役会長/日本女性エグゼクティブ協会 代表 中村紀子氏
保育業界の岩盤規制に立ち向かい、風穴を開け続けてきた株式会社ポピンズホールディングス(以下、ポピンズ)の中村紀子氏。ITを活用したクオリティの高い保育サービスで働くママたちのニーズに応え続ける同社だが、中村氏の思いは自社の発展だけにとどまらない。第4回では、先進の脳科学研究の知見を採り入れた、日本の保育のクオリティを高めるための提言をいただいた。

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お昼寝タイムにITを

――現在の保育は、人手不足やセキュリティの確保といった切り口で語られることも多いと思います。その解決策の1つとして、ITにはどんな可能性があるとお考えですか。

中村
まず言えるのは、どんなにITが進化しても、わたくしたちがやっている保育や介護の仕事はなくなりません。あくまで人が行う仕事だと考えています。ただ、そうは言っても、この人材不足の状況ではやっぱりITは必要で、保育の世界はその導入が遅れていると感じています。

当社が運営するナーサリースクール(保育所)では、お子さまがお昼寝をしている時間は、5分おきに保育士が鼻に手を当てて、ちゃんと息をしているかをチェックします。これを一人ひとりに対してやるわけですから、保育士は休む余裕がありません。

こういった作業を自動化できたらすごく助かりますよね。そこで先日、アメリカで開催された電子機器の見本市で見つけたシステムをいくつか導入しました。例えば、カメラでお子さまの動きを追いかける管理システムや、お子さまの脇腹にテープ状のセンサーを貼って、寝ているときの心拍数をスマートフォンのアプリで計るというものです。こうして空いた時間を、保育士が自分の休憩に充てたり、お子さまがその日に行ったカリキュラムを記録したりといった時間に使っています。

業界で唯一。当日オーダーに対応したナニーサービス

中村
もう1つ、ITに関連した取り組みがあります。

2016年、当社のナニーサービスが第1回日本サービス大賞の「厚生労働大臣賞」を受賞しました。評価されたのは、まず、お客さまがナニーをWeb上から予約できること。24時間365日受付が可能なこと。そして、お客さまの要望と派遣するナニーとを、システムが自動マッチングすること。例えば、「子どもにスポーツを教えたい」というお客さまには、オリンピック出場経験のあるナニーを派遣するといったことができます。意外かもしれませんが、当社のナニーには陸上競技や水泳、バレーボールなどのアスリートも所属しています。

さらに特筆すべきは、当日オーダーが可能なことです。例えば、朝、お子さまが熱を出した。インフルエンザかもしれない、でも会社は休めない。こういった緊急時にもナニーを派遣できるのは当社だけです。

――働く女性としては、とても助かりますよね。

中村
ニーズは非常に高いです。一日だけで100人を超えるオーダーをいただくこともあります。

オーダーに応じてどのナニーを派遣するかは、もともとは当社のコンシェルジュが手作業で検索していました。それを自動化したことで、その知見を活かした「育児コンサルタント」というサービスも提供しています。大きな銀行や商社では、育休から復帰する女性従業員が年に200人も300人もいると聞きます。そういった方々の育児の問題、働き方の問題に、人事や福利厚生の担当者だけでは答えきれません。そこで、当社の育児コンサルタントが常駐して個人の相談にのる。このサービスがいま、大企業に人気です。

日本の子育てのクオリティを高めるために、規制緩和は必須

――御社は保育の研修事業も展開しています。どういった経緯で始められたのですか。

中村
国や自治体からの依頼です。これから保育士になりたい人や、キャリアアップをめざす保育士、それから保育士に準じた「子育て支援員」になりたい人への研修を、各地で行っています。今後さらに、こういった依頼は増えていくと思います。

そしていま、当社が特に力を入れているのは学童保育です。今年、M&Aで全国71の放課後児童クラブがポピンズグループに加わったので、学童向けのエデュケアプログラムを作成しました。

――そういった活動を積み重ねていくことで、待機児童問題も解決されていくのでしょうか。

中村
そこはやっぱり、規制改革が必要ですよね。現状ではとにかく、保育の仕事をするには保育士資格を持っているかどうかが重視されています。でも、保育所や学童など全国300カ所ほどの施設を運営して思うのですが、保育士の資格を持っているかどうかだけではなく、特に年齢の低い子どもほど、実際に子どもを2、3人育てた経験のある方のほうがクオリティの高い保育ができると感じるのです。

そして3歳児以上に対しては、体操の先生が教えるとか、音楽科や美術科を卒業したアートのスペシャリストが指導したほうがよいと思います。でも今は、保育士以外認められていません。

だから、保育のクオリティが上がらないのです。日本の将来を背負って立つ子どもたちに対して、この程度の教育でいいのかと思います。海外に目を向けると、中国では小学校に入学する前に子どもたちにもバイリンガル教育が行われています。それから、教育先進国のフィンランドでは、「0歳からのエデュケア」を掲げています。

日本はいまだに、あくまでも「保育」止まりなのです。保育士さんが子どもと一緒に遊んで、お散歩して、歌って、楽しく過ごしておしまい。これでは世界から取り残されてしまいます。

最先端の脳科学研究で知った、驚くべき0歳児の可能性

中村
実はポピンズも、できる限り保育という言葉は使わず、先ほどお話しした「0歳からのエデュケア」という言い方をしています。

15年ほど前から当社が交流しているハーバード大学に、ジャック・ションコフ教授という脳科学の権威がいらっしゃいます。0歳の赤ちゃんにどんな環境を与えて、どんなものを見せて、どういう言葉をかけると脳のシナプスに影響するかという研究をなさっている方なのですが、彼の話を聞いて衝撃を受けました。

生後5カ月から9ヶ月の子どもは6カ国語を識別できるんですって。

もう、子どもたちに謝りたいと思いました。そんな視点で見たことなんてなかったですから。0歳児はか弱い存在だから、ミルクを飲ませて、歌でも聞かせてればいいのだと。

ところが日本の保育士は、もちろんそんな教育を受けていません。かつては2歳児以上しか保育所に預けられませんでしたから、今の保育士のほとんどは2歳児以上の発達心理学しか学んでいないのです。

わたくしは幸運にもションコフ教授からこういう教えをいただいたので、当社の保育士を通じて「0歳からのエデュケア」を提供できているのです。

中村紀子(なかむらのりこ)

テレビ朝日アナウンサーを経て、1985年にJAFE(日本女性エグゼクティブ協会)を設立。 1987年、株式会社ポピンズホールディングスの前身・ジャフィサービス株式会社を設立。現在、同社代表取締役会長。公益社団法人全国ベビーシッター協会副会長、厚生労働省女性の活躍推進協議会委員、2017 世界女性サミット(GSW)東京大会実行委員長などを歴任。第1回日本サービス大賞厚生労働大臣賞(2016年)、日経DUALベビーシッターランキング1位(2019年)など受賞多数。

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