一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏

毎週月曜日に配信されている、楠木建の「EFOビジネスレビュー」。その中で載せきれなかった話をご紹介する、アウトテイク。これが、めちゃめちゃ面白いです。

だいたい、「自己革新」とか言っている人を、僕は信用しないようにしているんです。「日々自己革新」って、あなたはいったい誰なんだと。「ゼロベースで変わらなきゃいけない」とか、余程自分の人生や、生活の内実のない人なんじゃないかなって思ってしまいます。

僕は、すごく有能な人で、ある日突然変わった人なんて見たことがないです。成長っていうのはそれぞれあるのでしょうけれど、それは進化とか錬成されていくっていうことで、「自己革新」っていう言葉の意味する方向とはむしろ逆なんじゃないかと思います。大きく変わったとしても、それは長い時間をかけたプロセスの中で変わったのであって、「振り返ってみれば変わっていた」というのが本当のところではないでしょうか。

『Blue Dogs』という、僕が30年ベースを担当しているバンドがあります。リーダーはボーカル兼ギターで、僕の実の弟なので、51年ほど一緒にいるんですけども、もう1人のギターの戸倉君っていう人は、うちの弟の中学からの同級生なんです。4月にライブをやるのですが、「どんな曲やる?」って、セットリストを考えるとき、「これ、中2の時にみんなでやったよね」って。「これが結局一番楽しいよな」ということで、やっぱり今でも演奏して一番楽しいわけです。

最後に弾いたのが高校1年の時だから、覚えているかなと思ってやってみると、結構刷り込まれていてすぐにできたりとか。30年やっていると、それなりに紆余曲折はあっても結局同じところに戻ってくるんです。人間の好き嫌いとか、ほんとうのツボって変わらないなと。同じ曲をやって一番気持ちいいみたいなことが、結果的にルーティンとして残っているんですけど、それはやっぱり人間がほんとうに気持ちいいこととか、好みってそうそうは変わらないということです。「自己革新」とかを考えてしまうメンバーがいないので、Blue Dogsは続いているのだと思います。

Blue Dogsのライブは、自分たちが演奏して楽しい曲を楽しむためにやるものです。常に無人ライブ、すなわち無観客のリスクを抱えています。ラジオで告知しても、SNSで告知しても、客席はガラガラです。ライブハウスにわざわざ足を運んで見に来ていただくというのが、いかにハードルが高いかということを毎回痛感させられます。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。