一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏

毎週月曜日に配信している、楠木建の「EFOビジネスレビュー」。その中で載せきれなかった話をご紹介する、アウトテイク。これが、めちゃめちゃ面白いです。

僕は自分の好き嫌いを自覚することがとにかく大切だと昔から思っていました。自分のことで言えば、僕はチームワークというのが苦手なんです。人と働くのが、とにかくダメなんです。もしチームでやるんだったら、メンバー全員自分がいい。でも、そうはいかないので。人を使うことがまったくできない。あっさりいえば僕の欠点なんですが、好き嫌いと捉えていただきたい。

子どものころは、運動会とかがダメでした。みんなで「イエーイ」って盛り上がるのが、もう気持ち悪くなっちゃうんです。帯状疱疹とかができそうになる。運動会だと盛り上がる人たちっていますよね。それはそれぞれの好き嫌いなんで全然いい。ただ、僕は嫌なので、最初の競技ふたつくらい済んだところで、もういなくなっちゃうんです。それで公園とかへ行って、かっぱえびせんとかを食べながら、当時はスマホとかありませんから本を読んでいた。で、そろそろ競技が終わって紅組の勝ちとか盛り上がって教室に引き上げて来るだろうなっていう頃に、しれっと公園から帰ってきて運動会に紛れ込む。そういうことをしていました。

あと、鮮烈に覚えているのは、大学生のときに何かの合宿があったんです、修善寺とかなんかあっちの伊豆の方で。僕は車で行っていたんですが、例によって夜になるとみんな盛り上がるじゃないですか、学生の飲み会みたいなやつで。僕は嫌になっちゃって、もう帰ろうと思って、夜10時くらいかな、一人で東名高速に乗ったんです。僕の場合、こういうふうに集団が盛り上がると大体離脱するんですね。

そこで海老名のサービスエリアに入って、ちょっと休憩しました。当時、まだダンキンドーナッツがあって、フレンチクルーラー買って、コーヒーを飲みながら。夜11時くらいだったと思いますが、そのときに感じた、圧倒的な多幸感。もう、体が痺れるような幸せを感じました。このことは今でもはっきりと覚えています。

どんだけ人と一緒にいるのが嫌なんだってことですが、とにかくあの海老名でドーナッツを食べた夜に感じた以上の多幸感を、僕はこれまでの人生で味わったことがありません。ま、その程度の人生だといえばそれまでの話ですが。

なんか、円陣を組んで「行くぞ!」みたいのがとにかく嫌なんです。学生のころから嫌いなことに関わると不幸になるんじゃないかっていう予感がありまして。僕の就職の時期は昭和、1980年代の半ばです。「みんな、これからバブルかもしれないよ」っていう時期なんですが、大学で「どうすんの、就職」って聞いたら、「やっぱ○○物産だろう」とか、「いや、○○銀行でしょう」っていう感じなんです、周りは。

当時は大学生なんでリアルにはわかっていないですけど、なんかそれって「毎日が運動会」なんじゃないの。一生「毎日が合宿」かよ、というイメージがありまして。それがいまの職業選択のベースにある。自分がそういう主流からはずれた人間だから、好き嫌いに敏感なのかもしれません。

いま、会社の偉い人っていうのは、少なくとも会社の文脈で言えば、主流でど真ん中だからこそ偉くなったわけで、そういう人たちは人間の好き嫌いのバリエーションになんて感心を持たないのかもしれません。運動会でも騎馬戦なんかで盛り上がって、「やったー」なんて言っていた人には、ひとりで公園でかっぱえびせんを食べている人間の気持ちは、たぶんわかってもらえないでしょう。

ただ、僕も好きな状況とか方法を与えられたら、それなりに成果は出すんです。それなりにですけど。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。