株式会社日立製作所 金融システム営業統括本部 長稔也、研究開発グループ 山田仁志夫
現在日立は、Hyperledger(ハイパーレジャー)などでの活動を通じて、ブロックチェーンの技術課題の解決とともに、適用分野の探索に取り組んでいる。ブロックチェーン上のスマートコントラクトを活用し、小切手の決済手続きなど、仮想通貨以外の実証実験も実施。さらに今後、ブロックチェーンの普及が進む分野であるサプライチェーン・マネジメントやヘルスケア分野での活用をめざす。

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小切手の発行・決済や貿易取引をブロックチェーンで

ーー日立ではブロックチェーンに関して、実証実験も始めていますね。


代表的なところでは、日立と三菱東京UFJ銀行様との協創の一環として、2016年8月からシンガポールにおいて、ブロックチェーンを活用した電子小切手の発行・決済の実証実験を行ってきました。その中で、実用化に向けた技術・セキュリティ・業務・法制度などに関する課題を抽出。電子小切手にブロックチェーンを活用することで、金融機関における小切手の仲介業務の自動化や取引記録の改ざん防止、小切手決済の迅速化に寄与できることが確認できました。

この取り組みで非常に重要だったのは、日立がITベンダーとして開発に関わると同時に、日立の現地法人が小切手ユーザーとして実験に参加した点です。実際に、日立グループの複数拠点で、小切手の受け取りや取り立てを実施しました。ITベンダーでありながら、エンドユーザーでもあり、その両方の知見を得ることにより、リアルなビジネスへの適用を進める足がかりとなりました。その意味で、きわめて重要な取り組みと言えます。

ブロックチェーンの浸透に関して、もっとも重要なのは、このような適用事例をいかに積み上げて、その価値を示せるかにあります。そのため、ほかにも社内実証実験として、貿易取引を題材として、スマートコントラクトで発注・受注・通関チェックを一気通貫で行えるデモ・アプリの開発も手がけています。今後はここで得た知見を、金融以外の業界における決済やサプライチェーン・ファイナンスに活用していきたいと考えています。

ーーでは、ブロックチェーンに置き換えられそうなところから、どんどん実証実験をしていくことになるのでしょうか。


必ずしもそうではありません。そもそも、ブロックチェーンというのは、中央に大規模なシステムを必要としないことが最大のメリットであって、従来のシステムに比べるとかなりコストを抑えながら構築することが可能です。ただし、すでにシステムが構築されて、うまく回っている部分まで、すべてブロックチェーンに置き換える必要はないでしょう。ましてや、現状の金融機関の勘定系システムをすべて置き換えるなどということは、現実的ではありません。既存のシステムの中で困っている部分から置き換えていけばいいと思っています。

その最たる例が小切手なんですね。紙による小切手の運用というのは、紛失や盗難、受け渡しのコストなど、これまでさまざまな問題を抱えてきました。それを電子データに置き換え、ブロックチェーンで運用することで、これらの課題を一気に解決することができます。まずはスモールスタートで、部分的に取り組んでいくのが賢明でしょう。

サイプライチェーンのトレーサビリティ管理に活用

ーー今後、ブロックチェーンの活用はどのように広がっていくと考えられますか?


ブロックチェーンへの取り組み自体は金融業界から始まったものですが、Hyperledgerのプレミアメンバーには、エアバスやダイムラー、SAP、チェンジヘルスケアといったさまざまな企業が参画しています。そのことからも容易に想像がつくように、いまや、ブロックチェーンをサプライチェーンやヘルスケアに使いたいというニーズが確実に高まっています。

たとえば、サプライチェーンの管理において、モノやサービスのトレース機能というのは非常に重要ですよね。万一、製品や部品に何か問題が生じてメガ・リコールが発生したとすれば、その製品が今どこに使われていて、どのようなインパクトを与えるのか即座に把握して、周知させなければなりません。リコールというのは企業の社会的責任に関わる問題だけに、非常にシビアな対応が求められます。その際に、きちんと製品のトレースができているかどうかによって、対応は大きく変わってくるはずです。

※本図は、The Linux Foundation作成の図を、日立製作所にて翻訳、加筆したもの。

そうした中で、今後、エアバスやダイムラーのような製造業の大企業が、確実で安価なトレーサビリティ管理にブロックチェーンを採用するとなれば、これらの企業と取引のある部品メーカーもこれに追随せざるを得なくなるでしょう。そこから、一気にブロックチェーンが世の中に広まっていく可能性は大いにあると思っています。

山田
あるいは、自動車の車両証明書に活用するというアイデアもあります。規制当局が証明書を発行し、メーカーが車両の情報を記載し、さらにディーラーが販売履歴を記入していきます。その後の修理状況や転売履歴などもすべて記録され、廃棄まで管理できれば、売買や保険、保守に関して、いちいち煩雑な手続きを経る必要がなくなります。


このように、サプライチェーンにブロックチェーンを活用するメリットは非常に大きいと思います。金融よりも、むしろサプライチェーン・マネジメントのほうが、ブロックチェーンの活用は早く進むかもしれません。

ヘルスケア分野でも大きな期待が寄せられる


ヘルスケアでの期待も大きなものがあります。現状、医療情報は保険会社、病院、健康保険ごとに分断されています。これらを連動させれば、さまざまなサービスが生まれる可能性があります。

たとえば、入院を例にとってみましょう。私自身もかつて経験したことですが、数日入院しただけでも、退院するやいなや、さまざまな手続きが必要になり、医療保険の給付金を受け取るまでにそれなりの時間を要しました。

今後、ブロックチェーンで病院と保険会社、そして患者が情報を共有し、スマートコントラクトを活用すれば、一気通貫で瞬間的に手続きや決済ができるようになるでしょう。

ビジネスの分野や用途に応じた課題解決が不可欠


もっとも、ヘルスケアに関しては個人の機微情報を扱うため、やはり堅牢なしくみが不可欠で、そのための技術開発が不可欠です。Hyperledgerにおいても、金融、サプライチェーン、ヘルスケアの三分野について、それぞれワーキンググループが組成されていて、社会実装に向けた取り組みを加速しているところです。

山田
通貨や権利など、単一のアセットをブロックチェーンで管理する場合は、既存システムと連動する必要性は低いと考えています。ところが、ビジネスでさまざまな情報を組み合わせて使おうとすると、既存のシステムとの連動が不可欠になります。サプライチェーンのように、すでにシステムを持っている部分については、ブロックチェーンでそれらをつなぐことになるでしょうし、価値の交換に際しては、交換比率をどうするのかといったさまざまな課題が出てきます。技術はもちろんのこと、法制度の整備や文化の醸成など、多方面から課題を乗り越えていく必要があります。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

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長 稔也
株式会社 日立製作所
金融システム営業統括本部
事業企画本部
金融イノベーション推進センタ センタ長

山田仁志夫
株式会社 日立製作所
研究開発グループ
システムイノベーションセンタ
システムアーキテクチャ研究部
ユニットリーダ 主任研究員