近年、ビジネスの現場で、製造業を中心にIoT(Internet of Things:モノのインターネット)という言葉が浸透しつつある。さまざまなモノがインターネットでつながり、デジタルな世界と現実の世界が結ばれることで、社会や経済のあり方が大きく変わるという。しかし、そのインパクトについては、十分に理解されていないのが現状だろう。パラダイムシフトを起こすとして期待されるIoTが、ビジネスをいかに変え、産業界全体にどのようなインパクトをもたらすのか。また、私たちの暮らしぶりをどのように変えていくのか。今年6月に発足したIVI(Industrial Value Chain Initiative)の発起人であり、IoTの先導役を担う法政大学の西岡靖之教授に、そのインパクトと、日本企業が取り組むべき方向性について話を伺った。

モノからコトへとシフトする消費

最近、ビジネスの現場で、IoTという言葉を頻繁に耳にするようになりました。とはいえ、まだ、IoTがどのようなインパクトをもたらすのか、実感をもって捉えられていないように思います。西岡先生は、どのようにお考えですか?

西岡
確かに、ここ1~2年という短期で見れば、大きな変化はあまり感じられないかもしれません。ただ、IoTの導入により第四次産業革命を起こそうと「インダストリー4.0」を推進するドイツや、2000年代のITの進化をけん引してきた米国、政府の支援のもとIoTの急速な拡大が進む中国などでは、いずれもその変化を10年スパンで捉えています。10年前には、スマートフォン(スマホ)がもたらすインパクトをなかなか想像できなかったように、今はまだ実感できないかもしれませんが、10年、20年というスパンで見ると、この先IoTが産業構造そのものを大きく変えていくことになると、私は考えています。

そのインパクトを感じていただくために、消費者の側から見てみましょう。まず、大きな変化として考えられるのが、自動車や冷蔵庫、洗濯機といった、耐久消費財の買い方、使い方です。IoTが進展すると、こうした商品を買った後に、どれだけ便利に使えるのか、どれだけ大きな感動が得られるか、という体験の方に重点が移っていきます。つまり、モノからコトへ、消費の対象がシフトしていくわけですね。

その先例が、スマホです。従来は、モノの消費のあり方は、新品を手に入れたときが一番ワクワクして、やがて中古になり、壊れたり、飽きたり、機能が物足りなくなって買い替えるというパターンでした。ところが、スマホは手に入れた後から、さまざまなアプリをダウンロードすることで価値が高まっていく。同様に、IoTが浸透すると、モノ自体がインターネットにつながることにより、買った後にさまざまな付加価値をつけることができるようになります。そこに皆がお金を払うようになるのです。つまり、耐久消費財そのものは売れなくなったとしても、消費のあり方が変わることで、新たなビジネスが生まれ、製造業がサービス化していくわけですね。

このように、消費のパターンがモノからコトへシフトしていく中で、それを提供する企業の側も、個人個人に合ったサービスを提供していくことが求められるようになる。例えば、医療や介護などのあり方も、一人ひとりに合ったテーラーメード型へとシフトしていくでしょう。そして今後は、単に医療機器や薬を売るだけでなく、遠隔診療や見守り支援など、サービスまで含めた新しいビジネスモデルが増えていくはずです。

こうした変化には30~50年といった長い時間がかかるかもしれませんが、IoTの浸透により、社会や経済のしくみが大きく変わっていくことは間違いありません。

ものづくりの「民主化」、企業にとっては厳しい時代に

IoTの進展により、消費の仕方も産業のあり方も、またマーケティングの仕方も変わっていくわけですね。消費者にとっては歓迎すべき変化と言えそうですね。

西岡
そうですね。消費行動はすでにマスからニッチなロングテールへと移行しつつあり、企業戦略も最終的にはOne to One、すなわち個人個人にあった提案型へとシフトしていくことになると思います。IoTが進めば、モノ自体は共通でもかまわない。むしろ、企業側には消費者が欲しいと思えるようなさまざまなサービスを次々に提案していくクリエイティビティが求められるようになります。

一方、消費者の側にもクリエイティビティが求められるようになる。今や誰でも情報発信ができるようになり、製造設備を持つ企業がものづくりを独占していた時代から、最終ユーザーまでがものづくりに参加する時代へと変わってきています。発想豊かな人はクリエイティビティが存分に発揮できるし、そうでない人にとってもそれなりに驚きに満ちた世界が広がることになるでしょう。インターネットが情報の民主化を促したように、IoTによって、ある意味、ものづくりがもっと広く民主的になっていくとも考えられます。消費者の立場に立てば、やり方次第では楽しい世界が待ち受けていると言えます。

しかし、企業経営という観点から言うと、非常に厳しい選択を迫られることになると思います。日本のものづくりが世界トップレベルにあることは誰しもが認めることですし、そのこと自体は誇るべきことだと思いますが、一方で、産業のサービス化が進み、モノがなかなか売れない時代にあって、従来のやり方では勝ちパターンを発揮できなくなっていることを多くの企業が実感しているはずです。経営者は、IoTによる産業構造の変化に応じた経営モデルの変革が求められていることを認識しなければなりません。

例えば、ここ数年でIT産業ではプレイヤーの顔ぶれが大きく変わりました。米国では大手ITベンダーが土俵際に追い込まれる中で、ITサービス企業が台頭し、さらに新たなベンチャー企業も続いています。日本の大手ITベンダーは技術や人材、資金力の面などで大きな蓄積があるため、そう簡単にメンバーチェンジは起こらないにしても、盤石だと安心していられる状況ではありません。現在の延長線上に将来はないということです。必然的に今後は、水平分業や垂直統合といった組織を超えたつながりが重要になってくるし、各企業では技術の囲い込みとオープン化の案配をうまくやらないと、存続の危機を招きかねません。まさに、意思決定やマネジメントの役割が問われる、極めて重要な局面を迎えていると言えます。

なかでも、IoTがビジネスにもたらすもっとも大きな変化は、スピードです。IoTが広がれば、ノウハウや知識といった企業の財産も、あっという間に共有できるようになり、ビジネスのスピードがいっそう速くなる。だからといってオープン化を嫌えば、流れに乗り遅れてしまう。今後は、IoT化を不可避の前提として、どうマネジメントを強化していくかが問われるのです。

ものづくりのネットワーク化・標準化に力点、中小企業も重視するドイツ

いち早くIoTに取り組み始めている欧・米の取り組みはいかがでしょうか?

西岡
ドイツとアメリカが先行していますが、両者ではアプローチが異なります。まず、ドイツから見てみましょう。

「インダストリー4.0」を提唱するドイツの場合はものづくりのIT化、ネットワーク化と標準化をセットにして、国の政策としてIoTを強力に推進しています。その主たる目的は、ミッテルシュタント(Mittelstand)と呼ばれる中小企業にフォーカスして、彼らの研究開発やネットワーク化を支援するというものです。ミッテルシュタントは、一般的な日本の中小企業よりも強大で、技術力に長け、国際競争力にも優れたドイツ経済を支える立役者でもあります。したがって、IoTによりミッテルシュタントの連携を強化し、GDPを稼ごうというドイツ政府のコンセプト自体は、非常に評価できるものだと思います。ただし、現状はテクニカルな方法論や具体的な戦略にまで落とし込んだ動きには至っていません。

翻って日本の場合は、中小企業の活動に補助金をつけて支援しようとする動きがありますが、それではいつまでたっても本質的な支援にはつながらない。今日の中小企業は明日の大企業であり、次世代を担うのはまさに中小企業ですから、ドイツのやり方には見習うべき点が大いにあると思います。

また、ドイツは、EU内で連携し合ってものづくりを進める必要性から、古くから国際標準をけん引してきた歴史があります。そもそも、国際標準というのは、ゲームのルールや土俵づくりの根幹をなすものなので、極めて重要なものです。一方、日本の場合は、これまで特別な取り決めなどしなくても、系列の中であうんの呼吸でやってきたため、国際標準化活動には疎い。急速なグローバル化を背景に、今後は日本の経営者層も積極的に国際標準化活動に取り組むべく、意識を変えていく必要があります。

ちなみに、日本の場合は、国際標準化活動に取り組む人員が少ないことに加え、数年で担当者が変わることに大きな問題があります。一方、欧米では標準化のプロフェッショナルによる人脈が形成されている。そのネットワークに入り込んで、ルールが決まる前に手を打たなければならないのですが、日本にはそうした動きに対応できる態勢がないのです。今後は人材面など、国際標準化に対して腰を据えた本格的な取り組みが求められていると言えます。

産業のサービス化にITを利用するアメリカ

では、もう一方のアメリカの取り組みには、どんな特徴がありますか?

西岡
アメリカの動きは、ITによる産業のサービス化という意味で徹底しています。IT企業というと、日本では情報システムを構築する会社だと思われがちですが、ご存知のように、AmazonやGoogleなどは、いわゆるシステムインテグレーターではありません。また、ゼネラル・エレクトリック(GE)に至っては、製造業のサービス化を強力に推進しようとしています。つまり、IoTを推進しようとしている企業の中に、ITだけをやっているという純粋なIT企業は存在しないんですね。そして、IoTにより、ものづくりも流通も大きく変貌を遂げつつあるのです。

その実現のカギを握るのが、オープン化や企業間のコラボレーションです。異業種間、さらにはコンペティター同士であっても、ある部分では手を握り、一方で机の下では足を蹴飛ばし合いながら(笑)、利害関係が一致したところで折り合いを付けて、Win-Winの関係性をうまく構築している。そういうところはアメリカは本当に長けているなぁと感心させられます。

例えば、オープン化に際して、「何をオープンにして、何を企業のコアスキルとして堅持するのか」を明確にしておかないと、すべて相手に持っていかれてしまいます。そこで、アメリカではすべてをドキュメント化してスペック(仕様)を明示している。これはもう、情報システムを構築する時とほぼ同じしくみです。スペックを明示すれば、コンピュータに置き換えることもできるし、自動化もできる。そういう意味で、アメリカのIT化、IoT化は、日本の三周くらい先をいっているという印象です。

すでにやや出遅れてしまった感はありますが、日本企業に勝ち目があるとすれば、どのような点でしょうか?

西岡
米国やドイツのやり方と比較して、真似したり、対抗したりする必要はないと思います。むしろ、日本に大きな強みがあるとすれば、ものづくりを、人中心のボトムアップ型で取り組んできたことではないでしょうか。IoTにおいても、さまざまな改善活動やPDCA(Plan-Do-Check-Action)の実践を通じて生産性を向上させてきた日本ならではのやり方があるはずです。

従来、日本のITの世界では、エンジニアがシステムを設計して、実装して、テストして、稼働するという、いわゆるウォーターフォール型の開発が主流でしたが、そうしたやり方をとっていては、日本のものづくりの個性も特長もすべて失われてしまう。だからこそ、トップダウン型アプローチに対抗し得る、人中心のボトムアップ型のものづくりを起点としたIoTが必要だと思うのです。

そして、これまでは一つの企業や組織の中で閉じていた日本が得意とするボトムアップ型のビジネスのあり方を、IoTによってつなぎ、大きな流れにしていくことが重要だと考えています。

その目的を果たすため、今年6月に発足したのがIVI(Industrial Value Chain Initiative)です。次回は、このIVIの役割を中心に、日本がめざすべきIoTの方向性について詳しくお伝えしていきたいと思います。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

西岡 靖之(にしおか・やすゆき)氏
法政大学 デザイン工学部 システムデザイン学科 教授
インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブ(IVI)理事長
1985年、早稲田大学理工学部機械工学科卒業。国内のソフトウェアベンチャー企業勤務を経て、1996年に東京大学大学院博士課程修了。工学博士。東京理科大学理工学部経営工学科助手、法政大学工学部経営工学科専任講師、同助教授を経て2003年に同教授。2005年、法政大学工学部システムデザイン学科教授。2007年より法政大学デザイン工学部システムデザイン学科教授。
2015年6月に発足したインダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブ(Industrial Value Chain Initiative: IVI)の発起人であり、理事長を務める。NPO法人ものづくりAPS推進機構副理事長。
著書に『サプライチェーン・マネジメント―企業間連携の理論と実際』(共著、朝倉書店、2004年)など。

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