「第1回:黒川 亮 講演「日立のAI戦略~世界一のフィジカルAIの使い手をめざして~」」はこちら>
「第2回:楠木 建氏 特別講演「戦略ストーリーとDX」」
競争戦略の本質は要素の順序と因果関係にある
本日はこのような機会をいただき、ありがとうございます。私は競争戦略を専門にしています。その立場から、「AIでビジネスをよくするとはどういうことか」という話をします。
競争戦略の理屈は実に単純です。「違いがあるから選ばれる」ということだけです。ただし、私が強調しているのは、その違いを「ストーリーとして」つなげることです。違いをつくること自体は、多くの企業が行っています。それをどう長期利益に向けてつなげていくのか、という点に課題があると私は考えています。
そのエッセンスをご理解いただくためのクイズを出します。大きな冷蔵庫があり、そこにゾウを入れるには3ステップが必要です。(1)ドアを開ける、(2)ゾウを入れる、(3)ドアを閉める。では、そこにカバを入れようとすると、1ステップ増えて4ステップになるのですが、何が必要になりますか。
正解は、(1)ドアを開ける、(2)ゾウを出す、(3)カバを入れる、(4)ドアを閉める。これがストーリーとしての競争戦略という話です。目の前の「カバを入れる」というイシューだけに注目していると、すでに中にゾウがいるという前提を忘れてしまう。戦略も同じです。個々の施策だけ見て全体のつながりを見失うと、競争優位が築けなくなってしまうのです。
よく企業から「この戦略をどう思うか」と聞かれることがありますが、私は9割以上の確率で「わかりません」と答えます。なぜなら、示されるのはたいてい箇条書きのアクションリストだからです。一つ一つのアクションは大切な差別化要因かもしれませんけれど、それらがどうつながって儲かるのか、見せられてもわからない。
強調したいのは、「つながっている」というのは「因果関係の論理」でつながっているということであって、ビジネスモデル上の取引のようなつながりではないということです。
ここで知りたいのは「なぜ儲かるのか?」という問いに対し、「うちだけしかこれができないから」です。それは当然のことなのですが、肝心なのは考え方の順番です。戦略とは本来、「○○だから、○○になる。その結果、○○で儲かる」というふうに因果関係が順列につながる論理です。箇条書きの組み合わせではありません。
戦略を考えようというとすぐ「シナジー」を持ち出す人がいますけれど、これは学術用語で「シナジーおじさん」と呼ばれる悪い例です。例えば、「ビンタしてから抱きしめる」のと「抱きしめてからビンタする」では意味が違いますよね。これが「ストーリーで違いをつくる」ということです。ところが、シナジーおじさんはこれを「ビンタ」と「抱きしめ」の2要素の組み合わせとして考えるので、順番を逆にしても同じになってしまう。違いを生み出す戦略の本質は、二つ以上の要素をどういう順番で並べ、因果で結ぶかにあります。
また、シナジーおじさんはすぐ「飛び道具」を探しがちです。新奇で即効性がありそうなものに飛びつく。その結果としてストーリーがわからなくなってしまうというトラップにはまってしまうのです。DXやAIは、もちろん極めて重要な要素ではありますが、下手に取り入れると戦略ストーリーを破壊することになりかねません。
他社の成功要因だけ移植してもうまくいかない
例えば、2019年頃から流行したサブスクリプション。「サブスク」という言葉が一人歩きを始め、焼き肉の月額食べ放題なども登場しました。どうなったかというと、安いと感じた人が殺到し、客は予約が取れず、店は疲弊する。少し考えればわかる話です。飛び道具が先行して儲けのストーリーがなかったのです。
今、サブスクリプションの雄といえばNetflixです。AIとビッグデータによるリテンションがうまい会社です。ここは創業当初は実店舗を持たない郵送DVDレンタル業を営んでいました。当時、北米のDVDレンタル業界王者はBlockbusterという会社で、多店舗を展開して新作DVDを大量に仕入れ、高速回転させる体力勝負のビジネスで成功していました。
一方のNetflixはビジネスモデルとしては新しかったけれども、資金力が乏しく大量仕入れはできないため、新作は常に貸し出し中になってしまう。そこで彼らは発想を変えました。オンライン注文の履歴データを蓄積し、顧客ごとの嗜好を分析して旧作を的確に推薦する。新作偏重の需要を分散させ、在庫を効率的に回すことに成功しました。現在のNetflixの競争力の多くは、この時代に築かれたものだと思われます。
つまり、Netflixのデータ活用は、当時の生存戦略から必然的に生まれたものだから強いのです。その上澄みだけを他の企業が真似しても、うまくいきません。「文脈剥離」が起きるからです。例えば、ある企業がAIで成功すると、その事業全体のストーリーを考えず、「AIが成功要因だ」と要素だけが切り取られがちです。必殺技だと言って、ある事業の戦略ストーリーの構成要素の一つにすぎなかったものが、その文脈から剥がされ、あたかも万能の飛び道具のように過大評価され、まったく違う文脈にコピーアンドペーストされることもよくあります。しかし、文脈が違えば機能しないどころか、既存の強みを壊すことすらあるのです。
生成AI、エージェントAI、フィジカルAI、どれも重要ですが、問われるのはそれらを文脈の中にどう位置づけるかです。まず、自分たちは何によって長期利益を得ているのかという自社の戦略ストーリーを語れなければならない。その上で、事例を見るときも、みんなが注目している表面的な要素ではなく、その要素がその会社の競争戦略全体の中でどう位置づけられているから儲かっているのかという因果の論理を解読する必要があります。
優れた経営者とは、流行の要素に飛びつく人ではなく、さまざまな事例から、「要するにこういうことだ」と一段抽象化した論理を引き出せる人です。その抽出された論理こそが、文脈を越えて自社に応用できるものなのです。
第3回は、5月15日公開予定です。
楠木建(くすのきけん)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座・シグマクシス寄付講座)。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。
加治慶光(かじよしみつ)
株式会社日立製作所 Lumada Innovation Hub Senior Principal。シナモンAI 会長兼チーフ・サステナビリティ・デベロプメント・オフィサー(CSDO)、鎌倉市スマートシティ推進参与。青山学院大学経済学部を卒業後、富士銀行、広告会社を経てケロッグ経営大学院MBAを修了。日本コカ・コーラ、タイム・ワーナー、ソニー・ピクチャーズ、日産自動車、オリンピック・パラリンピック招致委員会などを経て首相官邸国際広報室へ。その後アクセンチュアにてブランディング、イノベーション、働き方改革、SDGs、地方拡張などを担当後、現職。2016年Slush Asia Co-CMOも務め日本のスタートアップムーブメントを盛り上げた。
黒川 亮(くろかわ りょう)
株式会社日立製作所 事業主管 Vice President AI Strategy(取材時、現在はデジタルシステム&サービスセクター Chief Lumada Business Officer兼 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット事業主管)。日本発グローバル企業日立の一員として、日立グループ内外のAI トランスフォーメーション推進、技術計画、ステークホルダ対応担当。
AI&ソフトウェアサービスビジネスユニットにおけるChief Lumada Business Officerとして、Lumada推進を通じたデータ活用を担当。