2025年10月20日、日立製作所にて 『「変化を嫌う人」を動かす 魅力的な提案が受け入れられない4つの理由』(原題:『The Human Element』)の著者、デイヴィッド・ションタル氏の講演が行われました。ションタル氏はイノベーション&アントレプレナーシップ分野の研究者であるだけでなく、コンサルタントとして数多くの新製品や新サービスの立ち上げにも携わっています。その経験から人が変わらないのは「Fuel(燃料:やる気や新しいアイデアの魅力)」が足りないからではなく、行動変容を阻む「Friction(抵抗)」があるためだと指摘します。講演では、抵抗に四つの種類があることや、それぞれへの対処法について語られました。その要旨を2回に分けてお届けします。1回目は「Fuel」と「Friction」の関係について。

なぜ人は変わることを避けるのか

こんにちは。本日はお招きいただき、ありがとうございます。この場にいられることを大変光栄に思っています。

私はノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院の教授として、イノベーション&アントレプレナーシップコースで新しいベンチャーの創造やデザイン思考、クリエイティビティの授業を担当しています。これまで10年以上アントレプレナーシップを専門としており、デザインとイノベーションを専門とする機関に勤めてきました。デザインコンサルティングファームIDEOシカゴのシニアディレクター、東京を拠点とするベンチャーキャピタルD4V(Design for Ventures)のグローバルアドバイザーなども務め、起業家支援の現場にも深く関わっています。

本日は、私自身がイノベーションの実践の中で何度も直面してきた「イノベーションと変化のコナンドラム(謎)」、すなわち「なぜ人は変わらないのか、そしてどうすれば変化を実現できるのか」という問いについてお話しします。

多くの組織はイノベーションを強く望んでいます。よりよい業務の進め方、よりよい将来を描き、その実現手段としてイノベーションに期待を寄せます。しかし同時に、その組織で働く人々は「できれば変わりたくない」と感じています。従業員が変化を望まないかぎり、イノベーションの成果を得ることはできません。組織は変化を欲し、人は現状を守ろうとする――このギャップをどう乗り越えるのか。それが本日のテーマです。

人間の内側には「変化への抵抗」がある

イノベーションや変化には、常に二つの力が働きます。一つは「Fuel(燃料)」、すなわち変化を前に進める推進力です。もう一つが「Friction(抵抗)」、変化を阻む摩擦です。

Fuelの中身は、新しいアイデアの魅力、新しいアイデアに推進力を与える戦略や、新しいアイデアを推進しようとする人などです。多くの組織、企業には、「より良い未来がある」、「今より効率的になる」、「競争力が高まる」といったメリットを求めて新しいアイデアを実現しようとする人がいます。マーケティング、営業、製品開発など、多くの組織活動はFuelから生み出されています。

一方で私たちは、人間の内側にはFriction、すなわち「変化への抵抗」があるという事実を見落としがちです。人は本能的に、慣れ親しんだ状態を維持しようとします。新しいアイデアがどれほど魅力的でも、Frictionがそれを上回れば、人は動きません。

FuelがFrictionを上回らないとき、何が起こるでしょうか。組織の従業員であれば、「いいアイデアだ」と言いながら、いざ実行段階になると躊躇します。お客さまであれば、「製品やサービスに興味がある。購入したい」と言いながら、契約書に署名する段階になると立ち止まり「いや、もうちょっと時間が必要だ」と言います。

このとき、多くのリーダーはこう考えます。「相手を説得するために、もっといい説明を考えよう」、「製品の魅力を高めるために、別の機能や購入メリットを追加しよう」、あるいは「製品の価格やプロモーション方法を変えよう」。つまり、Fuelを増やす方向にばかり舵を切ります。そうすれば最終的にはうなずいてくれるだろう、と。これは人間の自然な発想です。人を説得し、コントロールできると信じてしまうのです。

新しいアイデアへの抵抗は一種類ではない

しかし、私が経営学者のロレン・ノードグレンと一緒に行った研究は、まったく異なる視点を示しています。問題はFuel不足ではなく、Frictionが残っていることにあります。そこで私たちは、新しいアイデアを生み出すための考え方ではなく、そのアイデアが直面するFrictionをいかに減らし組織に導入するかということについて研究、分析しました。

この分析については、私たちの著書『変化を嫌う人を動かす 魅力的な提案が受け入れられない4つの理由』で詳しく論じています。この本はアメリカでベストセラーとなったのち、日立製作所の船木謙一さんが翻訳をサポートしてくださり、2023年に日本でも出版されました。2025年には第9刷まで増刷され、日本でも人気を博していることを嬉しく思います。

その著書で展開した理論の中核は、新しいアイデアに対する抵抗は一つではないということです。私たちは、変化を阻むFrictionを四つに分類しました。

一つ目は「惰性」です。人は、たとえ現状が不十分だと分かっていても、慣れ親しんだやり方に留まろうとします。二つ目は「労力」です。変化に多くの手間やエネルギーが必要だと感じると、人は変化を嫌がります。三つ目は「感情」です。不安、恐れ、面倒、恥、自信のなさといった感情が、合理的な判断を妨げます。四つ目は「心理的反発」です。人は強制されると、自由を守ろうとして反発します。アイデアの良し悪しとは関係なく起こる現象です。

第2回は、2月27日公開予定です。

デイヴィッド・ションタル David Schonthal 氏
ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院教授として、戦略、イノベーション及びアントレプレナーシップを担当、デザイン思考やイノベーション、創造性などに関する授業を行っている。また、学生起業家支援プログラムやイノベーションコンサルティングファームのディレクター、ベンチャーキャピタルのアドバイザーなどとしても活躍。これまで世界各地で生み出した新製品と立ち上げた新サービスは200を超える。