「第1回:愼 泰俊(シン・テジュン)氏」はこちら>
「第2回:小林賢治(コバヤシケンジ)氏」はこちら>
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「第4回:米倉誠一郎(ヨネクラセイイチロウ)氏」
※ 本記事は、2025年8月5日時点で書かれた内容となっています。
最後は、以前このEFOビジネスレビューでも対談したことがある米倉誠一郎さんです。一橋大学で長くご一緒した先輩の経営学者です。僕が27歳で一橋の講師として仕事を始めた頃、生意気だったせいかわりといじめられて、もうほとんど黙殺というか放し飼いというか、誰も話しかけてくれない時期がありました。朝、自分の研究室に行って勉強して、講義をやって、また勉強して帰る。学生以外とは誰とも口を聞かない、そんな生活を送っていました。
その時に話しかけてきてくれたのが、米倉さんでした。「お前が今まで読んだ中で一番感動した本は、何?」と聞いてくるので、「アバナシーの『Productivity Dilemma』です」と答えると、「そうか、俺はチャンドラーの『Strategy and Structure』だな」――その程度の会話なのですが、誰も相手にしてくれなかったので、ずいぶん優しい先輩だと思いました。そのあと分かったのですが、米倉さんは変わったところがある人なので、かなり周囲から浮いていました。そこに僕が新人で入ってきた。で、「いいタマがきたぞ」と話しかけてくれた。それが実際のところだったと思います。
最初からとにかく楽しい人で、率直で、明るい。明るい人の中でも、米倉さんの明るさは突き抜けています。この人と一緒にいると、きっと楽しいことになると直感的に思わせる人です。そのあとありとあらゆる仕事を一緒にやらせてもらいました。楽しいこともありましたが、楽しくないこともありました。それでもいつも面白い。とにかく屈託がない。自分が楽しいと思うことは、相手も絶対楽しいと100%思っている。この前お亡くなりになったミスタージャイアンツの長嶋茂雄さんに、かなり近いと僕は思います。
これまで本当にいろいろなことを一緒にやらせてもらいました。講義はもちろんですが、「2人でコント形式で研究発表してみません?」と持ち掛けて、実際にやったこともありました。ある時は、米倉さんが勝手に意気に感じた会社があって、頼まれてもいないのに押しかけて、「この会社はもっとこういう路線で行くべきだ」と勝手にコンサルティングしたこともありました。相手は迷惑だったと思います。ギャラはしゃぶしゃぶの食事でした。
長年一緒に仕事をしてきましたが、米倉さんとは考え方が違うし体質も対極的。米倉さんはひとことで言うと運動家なんです。「よーし、みんなでこっちに行くぞ」といった感じの運動家。ムーブメントを創っていく人。今でこそ経営史がご専門で、イノベーションやベンチャーの発言の多い人ですが、一橋大学の大学院生の時はマルキスト。自治会長をやっていたほどです。
米倉さんのキャリアを通じた最大の功績は、いろいろな人の心に火を付けたことだと思っています。その問答無用の屈託のなさや明るさで、相手が何を考えているかなんて構わずがんがんあおっていく。これがその人のハートに火を付けるわけです。火を付けたあとはどうするのかというと、もうすぐ次の人に火を付けに行っている。次から次へというエネルギーは半端ではありません。米倉さんのテーマ曲はジョン・レノンの”Power to the People”なのですが、僕はドアーズの”Light My Fire”(ハートに火をつけて)のほうがイイと思っています。
僕はそういう運動的なことが全く苦手です。「よーし、やるぞ」みたいなことが始まると、もう嫌になってしまう。自分の考えを分かってくれる人がいればそれでいいし、分からない人がいてもそれでいい。あまり他人に関わらない方なので、米倉さんの考え方は合いません。それでも、なぜか仕事をしてると楽しい。結論としては、「ソリは合わないが、ノリは合う」。ノリがなぜか極端に合う。こんな人は他にいません。
米倉さんが一橋大学を退官された時に最終講義がありました。さすがは経営学の長嶋茂雄だけあって大きな教室に大勢の人が集まりました。僕も見に行きました。その後法政大学に転籍されるのですが、そこも70歳で定年退官となります。このときの最終講義の会場は一橋記念講堂でした。最終講義をホールでやる人も珍しいと思いますが、会場が満杯になりました。
今は県立広島大学のビジネススクールで教えていらっしゃいます。ついこの前、米倉さんに誘われて広島へ講義に行きました。そこでも米倉さんは相変わらずで、「広島からこういうムーブメントを起こすんだ」と、熱弁をふるっていました。いずれは県立広島大学も退官になるでしょう。その時にはまた大勢の人が押し掛ける最終講義となるのではないかと思います。
振り返ってみると、僕も米倉さんに火を付けられた一人です。この人と出会わなければ、僕の人生はなかった。そういう人が何人かいますが、米倉さんは間違いなくその一人です。
※ 米倉誠一郎:一橋大学名誉教授・特任教授、県立広島大学大学院経営管理研究科長、デジタルハリウッド大学大学院特命教授、ソーシャル・イノベーション・スクール(CR-SIS)学長。1953年、東京都生まれ。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。1990年、ハーバード大学で歴史博士号を取得。早くからアメリカ・シリコンバレーのIT起業の状況などを見てきた。日米のベンチャー政策に詳しい。著書に『経営革命の構造』『ネオIT革命』『ジャパニーズ・ドリーマーズ』等ほか多数。
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楠木建(くすのきけん)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座およびシグマクシス寄付講座)。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。
楠木特任教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。
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