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こだわりの相乗効果
加治
ジャパンクオリティですでに話に出てきていますが、ここからは生きがいやこだわりといった日本人の特徴は、グローバルで強みになるのかというところを深掘りしていきたいと思います。阿部さん、いかがでしょう。
阿部
ダイキン様の事例もそうですが、日本人のこだわりがAIやデジタルを活用することでジャパンクオリティになるということは、もちろん大きな強みだと思いますが、ここでもうひとつのこだわりについても、ぜひ紹介させてください。
これは日立が4年前に買収したGlobalLogicという会社のワークショップの写真です。GlobalLogicの本社はシリコンバレーにありますが、欧米はもちろん東欧やアジアなど、世界中に拠点を持っています。デザインを重視したアジャイルでのソフトウェア開発が得意で、約3万2,000人のエンジニアが世界で働いていて、その半分はAIのエンジニアという若い企業です。彼らは、私たちとはまた違ったこだわりを持っています。Fail fast, learn quickly、早く失敗して間違いに気づくこと。そこから学習することで早くゴールにたどり着くという企業カルチャーに、彼らのこだわりがあります。普通は失敗することを恐れ、回避したくなりがちですが、彼らは違います。
最近では日本国内での取り組みも増え、日立とGlobalLogicそれぞれのこだわりが掛け算となって良い相乗効果が生まれるようになりました。GlobalLogicではエンジニアやセールス、デリバリーなど分野ごとのコミュニティが、情報共有をグローバルで行っています。失敗も含めたさまざまな知見をみんなで共有して業務に生かしていく、そういう文化があるのです。日本の暗黙知やこだわりを組み込んだAIを、彼らがグローバルで共有・展開していけば、海外にジャパンクオリティを広げることは十分可能だと思います。
加治
日立とGlobalLogicのこだわりの相乗効果が、これからの強みになるということですが、茂木さんはどう思われますか。
茂木
これは僕自身とても関心のあるところです。『The Way of Nagomi』、『和みの道』という本を2冊目に書きまして、おそらく今年日本語訳が出版されると思います。3冊目が『Think Like a Stoic』、ストイシズムについての本を今年9月に英語で出版する予定なのですが、そこでは宮本武蔵のことなどについて書いています。なぜ立て続けにこういうテーマの本を英語で書くのかというと、やっぱり日本にみんな興味を持っているからです。
自分たちの良さを知るためには、他人と向き合う必要があります。自分たちの良さは、自分たちだけでは当たり前すぎて気づかないのです。例えば私たちが普通に食べてきた学校給食というのは、世界に誇るべきものです。背景には日本の栄養学の充実があって、本当に限られた予算の中で成長期の子どもたちがバランスの取れた食事を平等に食べられる。私たちは当たり前だと思っていますが、実は多くの国で驚かれる素晴らしい仕組みなのです。
あるいは子どもたちが自分で教室を掃除するという習慣、これも欧米諸国にはありません。自分たちが学ぶ環境は自分たちで整えるというのは、大人になってからも役立つ意識が身に付く良い習慣だと思います。こうした日本人が当たり前だと思っていることこそ、外国の方には魅力的に見えるのです。それは外に出ていって、いろいろなバックグラウンドの人間と向き合うことではじめて分かることなんです。
阿部
それは私も、実感として良くわかります。
茂木
例えば大相撲では、土俵に入る時にまず礼で始まって、立ち合ったらお互いぼこぼこにやり合って、終わったらまた礼で引き上げていく。柔道、剣道、道というものはみんなそうですよね。ビジネスでも、日本人は最初に礼儀正しく名刺を渡して、商談でやりあったとしても最後は礼をして帰ります。これは全部、日本人が気づかない日本の強みなんです。
人が何を求めているか
加治
私もすごく共感するのですが、個人的にはそもそもこのテーマのグローバルの強みという言葉には若干抵抗があります。生きがいやこだわりの追求というのは、勝ち負けというものさしで測らないことが重要なのではないかと思うのですが。
茂木
強みや勝ち負けということを言い換えると、人は何を求めるのかということだと思います。最近、「金継ぎ」というのが海外ですごく話題になっているのを、ご存知ですか。割れたり欠けたりした陶磁器や漆器などを、漆を使って接着し、金粉や銀粉などで修復する日本の伝統的な技法が、海外で大ブームなんです。つまり、大切にすることをここまで極めた考え方や技術が、世界中で求められていた。日立が作ってきた冷蔵庫や洗濯機といった製品は、人々がそれを求めていたから世界で売れたわけです。
勝ち負けと言うと、確かに相手を打ち負かすイメージになってしまいますが、人が何を求めるのかを突き詰めた上で商品やサービスを提供するということであれば、僕は素敵なことだと思います。
加治
おっしゃる通りです。最後になりますが、「デジタル・AI時代の生きがいを考える」という本セッションを振り返っていただければと思います。阿部さん、お願いします。
阿部
日立は、新経営計画「Inspire 2027」の中で、環境・幸福・経済成長が調和するハーモナイズドソサエティの実現に向けてという方針を発表しています。日立は、技術で社会に貢献するために1910年に創業した企業ですが、その原点に「利他の精神」があることは今も全く変わりません。モノづくりへのこだわりやその根底にある生きがいという価値観は、AIの時代にこそ生きてくることを今日改めて認識しました。
先生の本の中で、人間は自分のことを考えている時と他の人のことを考えている時を比べると、他の人のことを考えている時の方が脳ははるかに活性化するという話がありました。96歳の寿司職人の方も、日立の現場で働いている人間も、目の前のお客さまやユーザーに喜んでもらえた時に生きがいを感じます。AIの時代でも、この生きがいというところに腰を据えて、調和のとれた社会の実現に貢献していきたいと思います。
茂木
僕の2冊目の『The Way of Nagomi』、『和みの道』は、まさにハーモナイズドソサエティのことを取り上げていて、いろいろな異なる要素の中でバランスを取るというのも日本人の特徴なんです。例えばカツカレーって、本当は変でしょう?コートレットはフランス料理で、カレーはインド料理ですよ。それをカツカレーという料理にしてしまう。抹茶アイスもそうです。本来は組み合わせるはずのないものを、調和させてしまう。それが日本のクリエイティビティだと思います。
加治
ありがとうございます。日立が担当した大阪・関西万博「未来の都市」のパビリオンに、今回のHSIF OSAKAセッションを準備する時に私も行ってみました。その中で、通称「万博おばあちゃん」と呼ばれている方に、幸運にもお会いできたんです。この方は、愛知万博をきっかけに世界中の万博に行っておられて、今回も毎日のように、大阪・関西万博に通われていて、全てのパビリオンを制覇したとおっしゃってました。
茂木
すごい。
加治
どうしてそこまで万博がお好きなのですかとお聞きしますと、大病をなされて体に深刻な問題を抱えておられたそうですが、万博を巡られるようになって、毎日そこに通おうと思う生きがいができた。万博は、私にとって生きがいであり、お医者さんのような存在であると話されていました。そういった生きがいが、社会をより良くすること、そしてより良いビジネスができることにつながるといいと思います。今日は大変勉強になりました。本当に、お2人ともありがとうございました。
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茂木 健一郎(Kenichiro Mogi)
脳科学者
ソニーコンピューターサイエンス研究所シニアリサーチャー、東京大学大学院客員教授及び特任教授、「屋久島あおぞら高校」校長など、多彩な領域で役職を務める。専門は脳科学、認知科学。「クオリア」をキーワードとして脳と心の関係、あわせて近年は「AIと脳のアライメント」について研究。
阿部 淳(Jun Abe)
(株)日立製作所 代表執行役 執行役副社長 デジタルシステム&サービス事業責任者
1984年入社、DBや運用管理などソフトウェア開発に従事。以降、クラウドサービス、制御プラットフォーム、産業・流通向けシステム、産業系プロダクトなど国内外さまざまな事業統括を歴任。IT、OT、プロダクト事業の全般を率いた経験をもとに、Lumadaを中心とした日立のデジタル事業の拡大を推進
加治 慶光(かじよしみつ)
株式会社日立製作所 Lumada Innovation Hub Senior Principal。シナモンAI 会長兼チーフ・サステナビリティ・デベロプメント・オフィサー(CSDO)、鎌倉市スマートシティ推進参与。青山学院大学経済学部を卒業後、富士銀行、広告会社を経てケロッグ経営大学院MBAを修了。日本コカ・コーラ、タイム・ワーナー、ソニー・ピクチャーズ、日産自動車、オリンピック・パラリンピック招致委員会などを経て首相官邸国際広報室へ。その後アクセンチュアにてブランディング、イノベーション、働き方改革、SDGs、地方拡張などを担当後、現職。2016年Slush Asia Co-CMOも務め日本のスタートアップムーブメントを盛り上げた。