矢野 和男 株式会社日立製作所 フェロー 兼 株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEO

これまで20年以上に渡って、ウェルビーイングへの科学的アプローチによる研究で数々の成果を上げてきた 株式会社日立製作所 フェロー 兼 株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEO 矢野和男。『トリニティ組織』という組織理論の書籍を上梓したばかりの矢野は、2025年8月26日、全く新しいコンセプトの生成AIサービスを発表した。人間の仕事を代替するのではなく、経営者の能力を増幅することを目的として開発された「Happiness Planet FIRA(フィーラ)」(以下「FIRA」)。圧倒的な知見を自律的に活用できないという生成AIの弱点を、キャラクターたちの議論によって乗り越え、生成AIのポテンシャルを一気に進化させたこの革新的なサービスについて、インタビューを行った。本記事の最終回となる第3回は、「FIRA」の性能とAIの歴史、そして経営者をどう支援するのかを聞いた。

「第1回:経営者の力を増幅する生成AI「FIRA」誕生」はこちら>
「第2回:ベールを脱いだ「FIRA」」はこちら>
「第3回:「FIRA」の革新性」

※ 本記事は、2025年8月7日時点で書かれた内容となっています。

ベンチマークが証明した「FIRA」の性能

「FIRA」は、第1回・第2回を読んでいただいた方にはご理解いただけたかと思いますが、はじめての人に創造AIとしての特徴や性能を伝えるのが難しいところがあります。ご理解いただくために、ひとつの評価としてベンチマークテストをやりました。広く使われるようになってきたLLM-as-a-Judge(LLMによる自動評価技術)で、皆さんご存知のグローバルに広く使われている代表的な13の生成AIと「FIRA」の回答を評価しました。

主要生成AIモデル(グローバルに広く使われている13種)と「FIRA」との回答を、10種の経営課題について客観評価。経営支援スコアは、簡単に思いつく一般論は評価せず、利用者の思考を深く拡張する回答を高く評価する指標。

投資やリスク、人事やイノベーションといったさまざまなビジネス課題を10個用意し、その回答を生成AIに評価させました。13個の生成AIは「やや低い」から「やや高い」のところに分布していますが、「FIRA」はとても高いに近い評価です。13個の生成AIの平均値を50とすると、「FIRA」の偏差値は77でした。生成AIとしての回答能力は、今のところ断トツに高いことのひとつの証明になると思います。

生成AIへの取り組みの歴史

ベンチマークで証明された性能や、自身で成長していく「FIRA」という生成AIを、なぜ私たちが開発することができたのか。少し歴史を振り返ってご説明いたします。私は、2004年ぐらいからデータを社会に役立てるための研究開発を始めました。その当時は、データ自身がビジネスを変えるという議論は世の中に全くありませんでしたが、私たちはそこに懸けてみようということで、さまざまな研究と取り組んできました。2011年頃には、「データ駆動型のAIの時代が来る」ということを日立社内で言い始め、産業や金融などさまざまな分野でAI活用が進んだ経緯がありました。

しかし、人間が定めたスコープや問題の枠内において、AIが与えられた知識で判断しているだけでは、人間の代替でしかない。もっとAIが人間の力を増幅させる役割を果たすには、AI自身が自己学習し、自己成長することが必要だと私も私のチームも確信し、その課題と取り組んできました。2015年に、外からデータを入れるのではなく、「ブランコをできるだけ上手に漕いで」というテーマを与えただけで、AIが自己学習しながらブランコを乗りこなしていく実証実験を行い、ひとつの成果を得ました。

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その後Google DeepMindが開発したAlphaGoが、2016年にプロ棋士のイ・セドル氏を破りました。過去の棋譜という大量の教師データとニューラルネットワークという機械学習で、AIが人間を破り大きな話題となりました。しかしその翌年には、ルールだけを教えて「試合に勝つこと」というテーマを与えれば、教師データなしでもAIが自己学習して勝つことができることが、AlphaGo Zeroによって実証されました。それは囲碁に限らず、チェスや将棋でも同じことが証明されたのです。

ゴールとルールを与えたら、データは要らないということが実証されて、世の中の期待は高まりました。しかし囲碁やブランコといった枠組みが明確な問題については、AIの自己学習で乗り越えることができましたが、リアルワールドの中でどう生かせばいいのかがわかりませんでした。特にビジネスの最重要課題である経営というテーマは、あまりに範囲が広くて問題自身が曖昧なので、生成AIを適応させることが難しかったのです。

「FIRA」では、「量子認知理論」という最新の心理学理論をベースにして、一見曖昧な「創造性」を体系的に定式化することに成功しました。これにAIの自己成長を組合せて、経営課題についてAI自身がさまざまな角度から意見を出し、議論をする中で課題を深め、解決の糸口を探していくことが可能になりました。「FIRA」は、こうした生成AIの潮流の最前線で、経営課題という新しい領域を切り拓くものであることは間違いありません。

最良のコンサルタント

私は5年前にハピネスプラネットという会社を立ち上げて、経営者という立場になりました。なってみて気づいたことは、経営者は孤独であるということです。もちろん社員や関係者、ステークホルダーなどある局面で話し合える人たちはいます。しかし皆さんにはそれぞれの立場や役割がありますから、本音だけで話すわけではありません。結局日々押し寄せてくる課題は、自分で考え自分で解決していかなければなりません。孤独になる構造になっています。

そしてもうひとつ、経営者は事業のすべての担当者であるということです。人事だけとか、研究開発だけとか、営業だけといった専門区分は経営者にはありません。組織というのは縦割りになっていて、その区分の中でキャリアを積んでプロフェッショナルになっていくわけですが、経営者にはその範囲がありません。「FIRA」は、経営者の不安や課題に24時間365日取り組みます。そして各専門分野の異能や分身たちの議論が、分野を超えた視点を与えてくれます。議論の中では、さまざまな知の組み合わせが自律的に実行されますから、新しい気づきや発見など、人間をクリエイティブにする大きな力となります。

これからの経営者は、「FIRA」という多才で忖度のない、24時間365日対応してくれる最良のコンサルタントをビジネスパートナーにすることができるのです。私は「FIRA」が、日本の経営者の力を増幅し、新しい社会を生み出す力になることを願っています。

矢野 和男
株式会社日立製作所 フェロー 兼 株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEO
1959年山形県酒田市生まれ。1984年早稲田大学物理修士卒。日立製作所入社。同社中央研究所に配属。2007年主管研究長、2015年技師長、2018年より現職。博士(工学)。IEEE Fellow。
1993年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功し、ナノデバイスの室温動作に道を拓く。2004年から先行して実社会のデータ解析で先行。
論文被引用件数は4500件、特許出願350件以上。大量のデータから幸福度を定量化し向上する技術の開発を行い、この事業化のために2020年に株式会社ハピネスプラネットを設立し、代表取締役CEOに就任。ウエルビーイングテックに関するパイオニア的な研究開発により2020 IEEE Frederik Phillips Awardを受賞。