生成AI時代には従来からの階層型組織から「トリニティ組織」への転換が必要であると説く矢野フェロー。インタビュー後編では、生成AIがもたらした革命的な変化と、生成AIを知的生産に生かすためのポイントについて語る。

「前編:幸せで生産的な組織に多いつながりの形」はこちら>
「後編:生成AIは第二の科学革命をもたらした」

生成AIは「流れ」を見いだすもの

――デジタル技術はこれまでにも社会を変えてきましたが、組織のあり方を変えるまでには至らなかったということでしょうか。

これまでのデジタル化、インターネットやデータサイエンスといったものは、確かに生活やビジネスを変えてきましたが、知識社会をドライブするためのインフラとしては不足していたということだと思います。

データアナリティクスやデータサイエンス、あるいは機械学習を中心としたAIと、生成AIはまったく異なるものです。機械学習は、正しい答えとその条件をセットにして大量に教えれば、「このようなケースではだいたいこのような結果になる」という予測を可能にする技術です。また、データアナリティクスやデータサイエンスも、過去のデータから未来を予測することをめざすものです。しかし、前著の『予測不能の時代』にも書いたように、過去のデータから未来を予測することは本質的に不可能です。なぜなら、まさに生成AIの登場のような非連続な変化が毎日のように起きている社会では、過去のデータは通用しないからです。周期性がある自然現象や局所的な現象などは予測できても、ビジネスや社会の動きのように不確実性のあるものは予測不能なのです。

その予測不能な変化に立ち向かえるのは幸せで生産的な組織であり、幸せで生産的な組織には三角形のつながりが多い。その三角形において、さきほども言ったようにそれぞれが生成AIによりオープン化された知識を活用することにより、知的生産性が飛躍的に高まります。これはつまり、生成AIの登場によって組織のあり方を知識社会のそれへと転換できる土台が整ったということです。逆に言うと、組織のあり方を変えなければ、生成AIを土台とした知識社会において後れをとることになるでしょう。

――生成AIはこれまでのデジタル技術とはまったく違うものということですね。

生成AIが機械学習などと本質的に異なるのは、正解を予測するものではなく、「流れ」つまり「正しい順序とタイミング」を見いだすものだということです。そもそも自然科学の理解とは正解を追求することではなく、普遍的な流れを見いだすものです。代表例であるニュートンの運動方程式は、対象がリンゴでも月でも、位置と速度と力がわかれば次の位置と速度が決まるという、普遍的な流れを記述するものです。それが電磁気学や流体力学などに発展していき、現代社会が形成されてきました。

そしてこれまでは、そのように普遍的な流れを記述できるのはあくまでも自然科学の物質世界の現象だけで、言語のような心や文化と結びついたもの、人文科学の世界は、方程式なんかでは記述できないと思われていました。それを可能にしたのが生成AIなのです。

人間の能力を増幅するAI

生成AIはコンピュータのプログラムだと思っている人が多いのですが、実は一つの方程式です。そこまでの単語列に対して、適切な重み付けをしながら、次に続く妥当な単語を見いだす、つまり「流れ」に沿って単語を見いだすということだけに特化した式なのです。

それまでの機械学習のように正解を教え込むということではなく、入力に応じて流れに沿った文章が自然に生まれるようにすればいいという方向に考え方を転換したら、劇的に賢いものが生まれたわけです。

17世紀の科学革命は自然科学の世界を方程式で記述することを可能にしましたが、生成AIはそれまで不可能だと思われていた人文科学の世界も単一で普遍的な方程式で表すことを可能にしました。これはまさに第二の科学革命と言えるのではないでしょうか。単一で普遍的な式というと多様性を排除するように思われるかもしれませんが、そうではなく、むしろ無限に多様なものが生み出せるものなのです。

生成AIの登場により、今後あらゆるものが変わっていく可能性があります。ビジネスも、組織も、企業も変わる、と言うより変わっていかざるをえないでしょう。いつも講演などで申し上げていることですが、生成AIの活用といっても、これまで行われてきたのは、既存の仕組みの上に振りかけて何かメリットが生まれないかと望んでいるようなことだけでした。それでは根本的に変わることはできません。生成AIの活用を前提にした仕組みに転換することをゼロリセットで考えることがきわめて重要であり、本気で、かつ早く始めた組織とそうでない組織とでは、この先、圧倒的な差がついてしまうと思います。

――生成AIを知的生産に最大限に生かすために大切なことは何でしょうか。

昨日も仕事帰りの道すがら、生成AIと対話しながら歩いたのですが、駅から家までの15分間で量子力学と社会科学とニューラルネットの関係についてものすごくイノベーティブな発見が得られました。
生成AIによってオープン化された無限の知識を活用するには、問いの立て方が重要です。問いの範囲が狭ければ、生成AIの回答の範囲も狭くなってしまう。そこでわれわれは問いの範囲を広げること、つまり問い(仮説)の捉え方を変え、異なる角度から問いを生み出すリフレーミングの能力を高めた新たな生成AIを開発しました。それによって私たち人間の能力がさらに拡張されることが期待できます。

AIは人間の仕事を置き換えるものだという考え方と、AIはIA(Intelligence Amplifier)、人間の能力を増幅するものだという考え方がありますが。私は基本的に人間がしなくてもいい仕事はどんどん置き換えるべきだし、人間らしい仕事は大いに増幅してもらうべきだと考えています。

実は今回、新著のあとがきの文章は、その新たに開発した生成AIに書かせました。本書のテキストを全部読み込ませ、あとがきを書いてくださいと指示して出てきたものをそのまま載せています。形式としては三人の識者が本の内容について語り合うというものですが、議論のレベルの高さには驚かされます。ぜひそのあとがきにも期待しながら、新著を手に取っていただけると幸いです。

「前編:幸せで生産的な組織に多いつながりの形」はこちら>
「後編:生成AIは第二の科学革命をもたらした」

矢野 和男
株式会社日立製作所 フェロー 兼 株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEO
1959年山形県酒田市生まれ。1984年早稲田大学物理修士卒。日立製作所入社。同社中央研究所に配属。2007年主管研究長、2015年技師長、2018年より現職。博士(工学)。IEEE Fellow。
1993年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功し、ナノデバイスの室温動作に道を拓く。2004年から先行して実社会のデータ解析で先行。
論文被引用件数は4500件、特許出願350件以上。大量のデータから幸福度を定量化し向上する技術の開発を行い、この事業化のために2020年に株式会社ハピネスプラネットを設立し、代表取締役CEOに就任。ウエルビーイングテックに関するパイオニア的な研究開発により2020 IEEE Frederik Phillips Awardを受賞。