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「第2回:「挽肉と米」のサクセスストーリー」はこちら>
「第3回:コンセプトの価値」はこちら>
「第4回:似て非なるものを創る」
※ 本記事は、2025年2月28日時点で書かれた内容となっています。
成功した瞬間から競争がはじまる
楠木
僕は競争戦略という分野で仕事をしています。競争がある中である会社は儲けているのに、他の会社はなぜ儲からないのか。その論理を考えるのが僕の仕事なのですが、商売は儲けるよりも儲け続ける方がはるかに難しい。それは競争があるからです。儲かっている商売は、すぐに研究されて真似をする追随者が必ず現れる。「挽肉と米」にも、当然真似をする同業社が現れましたね。
小西
似ているデザインで似ているオペレーションをやる会社は、いっぱい出てきました。日本各地に似ているコンセプトや名前のお店がありますし、ほぼ同じレイアウトで海外展開している会社もあります。
楠木
それは、もちろん法律に違反しているわけではない。
小西
ないです。
楠木
商売において競争が起きるのはむしろ自然なことで、だからコンセプトだけではだめだという人が現れるわけですが、前回お話したように実際のオペレーションを回していたり、お店を改善したり、その商売自体が進化していく時にコンセプトはその基準になっています。「3たて」というコンセプトに徹するからこそ、「挽肉と米」は首尾一貫した経営ができる。僕の仮説では、こうした経営は「自らそのコンセプトを作った人」でなければ絶対にできない。
小西
なるほど。
楠木
「挽肉と米」は、明確なコンセプトを具現化するためにオペレーションがあり、それを進化させているわけですが、追随するお店は表面にあるものばかりを模倣して再現しようとします。つまりコンセプトという根っこがないので、オーナーや働く人の解釈が入ってしまい、サービスやメニュー構成など店づくりが勝手にずれていく。
小西
成功した創業者の事業継承がうまくいかないことと似ていますね。
楠木
同じことだと思います。
小西
事業継承は、似合うはずもないのに創業者と同じ服を着せられているようなもので、本人もそれが似合っていないし窮屈だから少しずつ自分流に変えていってしまう。それが飲食であれば、味もサービスもぐちゃぐちゃになります。僕の言葉で、外からのお仕着せの「仕事」ではなく、こころざしの「志事」にならなければコンセプトにスイッチは入りません。
楠木
飲食店は、お客さまの反応には敏感にならざるを得ません。その時にコンセプトという基準がないと、「先月はこれで客単価が上がりましたよ」「それなら今月もそれやっちゃおうか」といったことが常態化して、もともとのコンセプトから大きく外れていくことになります。
つまり、競争優位の半分は競争相手がつくってくれる。こちらが粛々とやっているだけで、向こうが勝手にずれていく――これが優れた競争戦略の特徴だと思います。
AIに好奇心はない
楠木
テクノロジーによってマスメディアがSNSになり、今は生成AIが騒がれていますが、僕はますますアイデアやコンセプトの価値が高まっていくと思います。生成AIはプロンプトに対していくらでも答えてくれますが、答えを外部にまかせてしまうことで、人はアイデアやコンセプトを生み出す力を失っていく。だからその力を持っている人の希少性は、より高まると思います。
小西
AIはこの業界にも入ってきていて、コピーライターの成果物は言葉で、言葉は一種のパターンなので生成AIに代替されるとか、ア二メーションの世界でも最初と最後の画さえ作ればあとは生成AIがつないでくれる、そんな話もあります。
楠木
それはよく分かります。ただし0に何を掛けても0で、元がないとだめですよね。ところが元が0なのに、生成AIで300を掛ければ何かいいもの出てくると誤解している人たちがいます。仕事で生成AIを使い倒している人たちを見ると、僕には彼らがAI脳になっているように見えます。シンプルに言うと、考えが浅い。
小西
(笑)そうですね。
楠木
生成AIが人の内発的な出力を低下させる要因は、反応が早過ぎることだと思います。質問すると、即座に答えが返ってくる。こうだったらと聞いてみると、また新しい答えを返してくる。このプロセスがあまりに快適なので、やればやるほど人間の方が反射的な思考パターンに陥ってしまう。
小西
僕の友人に孫泰蔵(※)という人がいて、以前対談した時に「AIの時代になったら、人は好きなことだけやっていればいいんですよ。好きじゃないことはAIがやるんだから」という話になりました。集合知であるAIには、自ら起点が作れない。そして起点を見つけるのは人間の好奇心なのだから、これからは好きなことをするのが私たちの役割になる。それが結論でした。
※ 孫泰蔵:連続起業家。大学在学中に起業して以来、一貫してインターネット関連のテック・スタートアップの立ち上げに従事している。兄はソフトバンクグループの創業者である孫正義。
楠木
なるほど。
小西
AI脳になっている人たちは、AIとの対話を円滑にすることにばかり力を注ぐからなのか、好奇心が落ちてしまっていると思います。AIがもっと日常のツールになった時に、「これって面白いでしょう」とか、「何かあっちが楽しそうだよ」と、AIの先でいたずらをする人。何か変なことをやろうとする好奇心にあふれた人たちだけが、きっとこれからも起点を作っていく。僕はそう思います。
楠木
生成AIは100でも200でもコピーを書いてくれますが、「大好きな落語でコピーを書いてみたら?」とは言ってくれませんからね。
小西
(笑)おっしゃる通りです。
楠木
今日は貴重なお話をありがとうございました。
小西
こちらこそ、ありがとうございました。何か頭がクリアになった気がします。
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小西利行(こにしとしゆき)
POOL inc.Founder、コピーライター、クリエイティブ・ディレクター
博報堂を経て、2006年POOL inc.設立。言葉とデザインでビジョンを生み、斬新なストーリーで世の中にムーブメントをつくり出している。主な仕事に、「伊右衛門」「ザ・プレミアム・モルツ」「PlayStation」「日産セレナ・モノより思い出。」などの1000を超えるCM・広告作品、「伊右衛門」「こくまろカレー」などの商品開発、ハウス「母の日にカレーをつくろう」、スターバックス「47 JIMOTOフラペチーノ」など多数のプロモーション企画も担当。「Visional」のブランド開発、三菱鉛筆のリブランディングも成功させた。 また2017年に施行された「プレミアムフライデー」の発案・企画・運営にも参画。都市やホテル開発では、越谷「AEON LakeTown」、京都「GOOD NATURE HOTEL」、立川「GREEN SPRINGS」などをトータルプロデュース。話題のハンバーグ店「挽肉と米」オーナー兼クリエイティブ・ディレクターでもある。著書に『すごい思考ツール 壁を突破する100の<方程式>』『伝わっているか?』『すごいメモ。』『プレゼン思考』『売れ型』などがある。
楠木 建(くすのきけん)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座競争戦略およびシグマクシス寄付講座仕事論)。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。
楠木特任教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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