一橋大学特任教授(PDS寄付講座競争戦略およびシグマクシス寄付講座仕事論)楠木建氏 / POOL inc.Founder、コピーライター、クリエイティブ・ディレクター 小西利行氏
「伊右衛門」「ザ・プレミアム・モルツ」「PlayStation」「日産セレナ・モノより思い出。」などこれまで1,000を超えるCM・広告作品を世に送り出し、現在は商品開発から都市・ホテル開発、飲食店オーナーまで幅広く手がけている小西利行氏。今月は、小西氏のこれまでの仕事や、炭火焼きハンバーグと炊きたてご飯で人気の絶えない「挽肉と米」をめぐる楠木教授との対談を、4回に渡ってお届けする。その3では、コンセプトの役割と価値について考える。

「第1回:小西利行氏とは?」はこちら>
「第2回:「挽肉と米」のサクセスストーリー」はこちら>
「第3回:コンセプトの価値」

※ 本記事は、2025年2月28日時点で書かれた内容となっています。

コンセプトという源泉

楠木
「挽肉と米」で僕が勉強になったのは、コンセプトの持つ価値がとてつもなく大きいということです。「コンセプトなんて頭の中でいくらでも出せるけれども、実行しなければ意味がない。だから重要なのは、実行なんだ」という人がいますが、僕は違うと思う。明快なコンセプトというのはそれが何であるかだけでなく、何でないかをはっきりと示してくれます。だからおのずと実行を促す。「挽肉と米」はまさにその手本だと思います。

「焼きたて」であるために、冷まさないように3つに分けて提供する。お客さままでの物理的な距離を短く設計する。「炊きたて」を提供するために、お釜は4つで時間をずらして炊くといったようなことは、全てコンセプトがないと実行できないことばかりです。しかもコンセプトに徹底的にこだわるから、こうした独自のオペレーションが生まれる。実行が重要だからこそ、その元になるコンセプトが物を言うということです。

小西
いや、もうその通りです。

楠木
しかも、これほどROI(投資利益率)が高いことってありますかという話ですよね。

小西
確かに頭の中で考えているだけなので、コストはただなんです。ただって言ってしまうと仕事に差し支えるのですが、でも考えるということだけなんです。

楠木
しかし同じことをやろうとして、SNSのUGC(ユーザー・ジェネレイテッド・コンテンツ)でバズらせるぞと大きな予算を組んでやっても、ほとんどはうまくいかない。

小西
「まずInstagramerで5,000万ですかね」とか言いながら、SNSマーケティング戦略を考えたり。

楠木
「今一番バズる人持ってるの、どこの事務所?」みたいなことを実際にやっているわけです。それと比べれば「挽肉と米」は、プロモーションなしでこれだけ世界に広まっているのだから、コンセプトを考えるというのはとんでもなくROIが高い。

ひとことの力

小西
『すごい思考ツール』という本の最初の章で、「お金がないからうまくいかないっていう人のほとんどは、お金があってもうまくいかない」ということを書いたのですが、それは個人でも企業でもそうだと思います。やっぱり一番重要なのはコンセプトであり、それを生み出すアイデアなんです。作るのはただかもしれないけれども、それを生み出すためにどれだけの熱量で取り組んだかが重要であって、最終的な成果は「3たて」とか「モノより思い出。」みたいに簡単な言葉が、想像を超えた効果を発揮する。楠木さんが言われたように、行動の起点になり、判断基準にもなるわけです。

楠木
しかもお店の場合、お客さまの反応から何かを学んで改善していく。その繰り返しですから、なおさらブレないものさしが必要になります。

小西
確かに継続的にずっと使用可能なコンセプトを持った企業は、圧倒的に強くなります。さらにそれが企業の内側のドライブに使われると同時に、外側にもドライブがかかって「あの会社はこういうことをめざしているんだって」ということが伝わると、さらに強くなる。

楠木
その時に内側と外側で、何かを区別しているわけではないところがポイントです。

小西
そうなんです。例えばAppleの「Think different」というコンセプトは、「Think」というIBMのビジネスパソコンに対抗するクリエイティブパソコンであることを広めるための言葉だったわけで。

楠木
まさに、「うまい、そっちか!」ですね。

小西
本当によく言ったという感じですが、「Think different」は、今でもAppleの企業哲学であり、モノづくりの行動指針でもあります。そして、「自分はビジネスとは違うクリエイティブな世界で生きていきたい」という世界中の人たちを、Macユーザーとして取り込む要因にもなっている。

楠木
内にも外にも響く、非常にわかりやすい言葉です。

小西
僕はトヨタ自動車会長の豊田章男さんがとても好きで、2009年にトヨタが戦後初の赤字になった年の新年度方針演説の時、当時まだ副社長だった章男さんが「もっといいクルマをつくろう」という言葉を投げかけました。その時は、「何を言っているんだ?」という反応だったそうですが、彼は今に至るまでずっとそれを言い続けている。やがて、トップが「いいクルマをつくろう」と言っているメーカーのクルマはやっぱりいいと世の中が評価し、いいクルマをつくれば評価されることを社員全員が理解した上で行動するようになった。これも、たったひとことの力です。

楠木
そうですね。しかも何の変哲もない言葉です。

小西
わずか10文字のひとことが、あれほどの大企業をドライブさせ、業績を回復する力を生み出した。僕は仕事をする時には、いつもこの言葉を頭に置いています。「今よりいい答えは、絶対にある」というのが僕のポリシーなんです。なので僕らの場合は、プレゼンテーションに向けて一度案を決めても、どんどん捨てていきます。もっと面白いものを思いついたらすぐに乗り換えるために、固執しないようにしているのです。

楠木
それは強い意志がないと、なかなかできないことですね。

小西
やはり一度いいなと思ったものに、発案者も採択者もこだわってしまいがちですが、それはできるだけやらないようにしようといつも言っています。

第4回は、5月26日公開予定です。

小西利行(こにしとしゆき)
POOL inc.Founder、コピーライター、クリエイティブ・ディレクター
博報堂を経て、2006年POOL inc.設立。言葉とデザインでビジョンを生み、斬新なストーリーで世の中にムーブメントをつくり出している。主な仕事に、「伊右衛門」「ザ・プレミアム・モルツ」「PlayStation」「日産セレナ・モノより思い出。」などの1000を超えるCM・広告作品、「伊右衛門」「こくまろカレー」などの商品開発、ハウス「母の日にカレーをつくろう」、スターバックス「47 JIMOTOフラペチーノ」など多数のプロモーション企画も担当。「Visional」のブランド開発、三菱鉛筆のリブランディングも成功させた。 また2017年に施行された「プレミアムフライデー」の発案・企画・運営にも参画。都市やホテル開発では、越谷「AEON LakeTown」、京都「GOOD NATURE HOTEL」、立川「GREEN SPRINGS」などをトータルプロデュース。話題のハンバーグ店「挽肉と米」オーナー兼クリエイティブ・ディレクターでもある。著書に『すごい思考ツール 壁を突破する100の<方程式>』『伝わっているか?』『すごいメモ。』『プレゼン思考』『売れ型』などがある。

楠木 建(くすのきけん)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座競争戦略およびシグマクシス寄付講座仕事論)。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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