一橋大学特任教授(PDS寄付講座競争戦略およびシグマクシス寄付講座仕事論)楠木建氏 / POOL inc.Founder、コピーライター、クリエイティブ・ディレクター 小西利行氏
「伊右衛門」「ザ・プレミアム・モルツ」「PlayStation」「日産セレナ・モノより思い出。」などこれまで1,000を超えるCM・広告作品を世に送り出し、現在は商品開発から都市・ホテル開発、飲食店オーナーまで幅広く手がけている小西利行氏。今月は、小西氏のこれまでの仕事や、炭火焼きハンバーグと炊きたてご飯で人気の絶えない「挽肉と米」をめぐる楠木教授との対談を、4回に渡ってお届けする。その1では、小西利行氏という人物のキャリアを、楠木教授が深掘りする。

※ 本記事は、2025年2月28日時点で書かれた内容となっています。

よくわからないものを言葉にする

楠木
僕は2024年に小西さんがお書きになった『すごい思考ツール 壁を突破する100の<方程式>』という本を読みました。そのすぐ後に、共通の友人を介して小西さんとお目にかかる機会を得ました。今日も対談を楽しみにやってきました。素敵なオフィスですね。

小西
ありがとうございます。

楠木
はじめに、小西さんが何をされている方なのかを教えていただけますか。

小西
僕はもともと株式会社博報堂という広告代理店で、コピーライターとして広告を作ってきました。そこを飛び出してPOOLという会社を作り、広告やCMはもちろん、企業のCI(コーポレートアイデンティティ)を変えたり、都市開発やホテル開発に参画させていただいたり、「挽肉と米」というお店をやったりしていまして、いつも「あなたの仕事は何?」という質問にひとことで答えられないのです。

楠木
世の中にはコピーライターやCMプランナー、ブランディング・コンサルタントといった職業のカテゴリーがありますが、小西さんのお仕事はそれに収まりきらない。僕が想像するに小西さんにはどこか奥の方にコアがあって、そこから依頼に合わせてさまざまな成果物を作り出しているからではないですか。

小西
おっしゃる通りです。

楠木
だとすると、小西さんのコアは一体何ですか。

小西
僕の仕事は、よくわからないものを言語化することだと思っています。世の中には、言語化したいけれども言語化されていないことはたくさんあって、それをうまく言葉にできると物事が動き出す。例えば経営者の方と話していると、社員や世の中に伝えたいことを正しく言おうとするあまり、分かりにくくなっていることがあります。それを「ぶっちゃけて言うと、こういうことじゃないですか?」と僕が言葉にすると、「あ、なるほど、そっちか!」という反応が返ってくる。その言葉によって、社内の風通しが良くなったり、社員の皆さんが行動しやすくなったりすることがあります。

楠木
伝わる言葉にすることで、行動変容が起きるわけですね。

小西
おっしゃる通りです。

楠木
小西さんの見つけた言葉によって、単に整理ができたとか理解が鮮明になったということを超えて、行動が触発される。それこそ言葉の正確な意味での「アイデア」ですね。

補欠からのスタート

楠木
キャリアについてもう少しお聞きしたいのですが、博報堂へは新卒で入社なさったのですか。

小西
はい。ただ、僕はコピーライターを希望したわけではなく、マーケティングをやりたくて入りました。といっても、マーケティングが何なのかわかっていたわけではなく、OB訪問した時の先輩がかっこよかったからなのですが、入社した途端にマーケティングの素養はないと言われて、コピーライターに配属されました。「12人しか入れない枠のところに13番目で入ったから、小西は補欠だ」と、酔っ払った先輩にはっきり言われました。

それから2年間ぐらいはコピーライターとして全く鳴かず飛ばずで、ある時2人の先輩から同じ日の朝と夕方に、「お前はこの仕事に向いてない」と転職を勧められました。僕はドッキリだと思いましたが、2人とも完全に本気でした。

楠木
鳴かず飛ばずというのは、コピーライターとしていろいろなコピーを作っても採用されないということですか。

小西
全く採用されませんでした。何案コピーを考えても、書いているものは凡庸だし、全然コピーになっていないと言われ続けました。

楠木
凡庸というのは、もう少し噛み砕くとどういうことですか。

小西
世の中でいいとされているコピーの形にはめようとし過ぎていた、前例にとらわれすぎていたということだと思います。

楠木
ああ、なるほど。

小西
100案書いても200案書いても300案書いても、一切採用されませんでした。

楠木
ご自身で、もうこの辺でコピーライターは手じまいにしようと思ったこともありましたか。

小西
もちろんありました。僕が所属していたチームは「PlayStation」の広告やCMを制作していました。その中でゲーム雑誌に毎月見開きで広告を出していて、僕の師匠である小霜和也さんが、広告にしては長めの600字くらいのコピーをメインにしためちゃめちゃ面白いシリーズを作られていました。それを「次から、小西がやれ」ということになって、僕はコピーを120回くらい書き直したのですが、全部ボツになり、その月の広告枠に穴を空けてしまいました。

楠木
えっ、広告に「飛ばし」ってあるんですか?

小西
いや、普通は絶対にないです。

楠木
でも、それが起きてしまった。

小西
はい、そうなんです。年末に実家に帰省している間もその広告のコピーを考え続けていたのですが、全く書けなくて、もう無理だと思って辞表を書きました。辞表を書いた時に、僕は昔から落語が大好きだったので、落語のようなコピーを試しに書いてみたのです。それを小霜さんに見てもらうと、めちゃめちゃ笑って「これ、すごい面白いじゃん」と言って一発でOKがもらえました。

楠木
それはイイ話ですね。

小西
今まで一生懸命に書いたコピーは全部だめだったのに、なんでこれが一発で通るのか。改めて考えた時、結局自分の打ち方で打たないと球は飛ばないということに気づきました。それ以来、僕は自分が好きな打ち方でしか仕事をしないことに決めました。

楠木
それは成長というより“覚醒”という言葉がしっくりきますね。

小西
何か「ジャーン」という音が鳴り響く感じで、たった1日で全てが変わりました。あの日、僕が実家に帰っていなくて、辞表も書いていなくて、落語が好きなことを思い出さなければ、たぶん全く違う人生になっていたと思います。

会社というモビルスーツ

楠木
覚醒してからの小西さんは、スタークリエイターとして一気に売れっ子になっていく。

小西
自分でスターとか売れっ子という言う言葉はなかなか使いにくいですが、国内の大きな広告賞やニューヨークADC、CLIOといった海外の有名な賞を取るようになりました。

楠木
博報堂には何年間いたのですか。

小西
13年半です。

楠木
30代半ばで独立して作られたのが、POOLという現在の会社ですか。

小西
そうです。

楠木
なぜ独立しようと思ったのですか。

小西
仕事はとても面白いし、先輩も仲間もすごく良かったので、ずっと続けるという選択肢もありましたが、一度地方の仕事で知り合った方に「ぜひ仕事を頼みたいけど、小西さんはどこの人?」と聞かれ、博報堂とお答えすると「えー、それじゃ無理だわ」と言われたことがありました。当時の広告代理店は、大企業の大きな予算がある仕事しかやらないと思われていて、その時に「このままだと、自分のやりたい仕事を落とす可能性がある」と感じたのです。博報堂というモビルスーツは、自分を何倍にも強化してくれる半面、大きすぎて取り回すことができないこともある。このモビルスーツから降りた時に、自分の大きさはどのくらいで何ができるのか知りたいと思ったことが、一番のきっかけでした。

楠木
モビルスーツ時代の小西さんは、狭い意味でのコピーライターだけではなく、いろいろなことをすでになさっていたのですか。

小西
はい、当時の広告代理店では珍しい、人財育成のツール開発や自治体のプロモーションなど、広告以外の変わった仕事もいろいろとやっていました。そのあたりは現在の仕事につながっていると思います。

第2回は、5月12日公開予定です。

小西利行(こにしとしゆき)
POOL inc.Founder、コピーライター、クリエイティブ・ディレクター
博報堂を経て、2006年POOL inc.設立。言葉とデザインでビジョンを生み、斬新なストーリーで世の中にムーブメントをつくり出している。主な仕事に、「伊右衛門」「ザ・プレミアム・モルツ」「PlayStation」「日産セレナ・モノより思い出。」などの1000を超えるCM・広告作品、「伊右衛門」「こくまろカレー」などの商品開発、ハウス「母の日にカレーをつくろう」、スターバックス「47 JIMOTOフラペチーノ」など多数のプロモーション企画も担当。「Visional」のブランド開発、三菱鉛筆のリブランディングも成功させた。 また2017年に施行された「プレミアムフライデー」の発案・企画・運営にも参画。都市やホテル開発では、越谷「AEON LakeTown」、京都「GOOD NATURE HOTEL」、立川「GREEN SPRINGS」などをトータルプロデュース。話題のハンバーグ店「挽肉と米」オーナー兼クリエイティブ・ディレクターでもある。著書に『すごい思考ツール 壁を突破する100の<方程式>』『伝わっているか?』『すごいメモ。』『プレゼン思考』『売れ型』などがある。

楠木 建(くすのきけん)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座競争戦略およびシグマクシス寄付講座仕事論)。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。