シリコンバレーでコンサルタント・文筆家として活躍している海部美知(かいふ・みち)氏による、シリコンバレーの歴史をたどるシリーズの後編。1990年代にインターネット時代を迎えたのを契機に、「地場産業」程度の存在感であったシリコンバレーが、世界の技術トレンドを牽引する震源地となっていく。ソーシャル、モバイル、クラウド、データの時代から、現在のAI時代への変遷を、技術と主要プレイヤーの動向から読み解く。

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「後編:クラウド、データを制するものは世界を制す」

「ネットワーク」から「インターネット」へ

1980年代にはいると、コンピューターがネットワークでつながり始める。まだローカルに閉じたネットワークで、インターネットではない。80年代初期創業のシリコンバレー企業としては、サン・マイクロシステムズやシスコ・システムズなどが挙げられる。いずれもスタンフォード大学内部のコンピューター・ネットワークが発祥で、創業者も大多数がスタンフォード出身者である。

しかしこの頃、シリコンバレーは比較的低調であった。80年代、この地のテック企業はアメリカ全体の経済の中で、せいぜい「地場産業」程度の存在であり、1989年に冷戦が終わって、軍需産業が大幅に規模を縮小したため、地元の経済は冷え込んだ。

資金面では、70年代から80年代初頭、アップルなどの大成功でVCは高いリターンを得たため、多くのPEがこの分野に参入した。しかし、数少ないホームランをみんなで追いかけるようになって、リターンが低下した。

その頃、電子機器の分野で「デジタル化」の流れは始まっていたものの、まだ単発のモノの単位でとどまっていた。

1990年代に入って、学術・防衛に用途が限られていたインターネットが、通信民営化の波に乗って商用化された。もともとは、ソ連の核攻撃にあっても通信が止まらないよう、1969年に軍事施設と大学をつなぐ分散型ネットワークARPANETとして誕生したものだ。

90年代の半ばには、光ファイバーの容量が飛躍的に増大してコストが劇的に下がった。「ムーアの法則」と呼ばれる半導体の集積度向上で、パソコンが安くなって普及したことも加わって、コンピューター・ネットワークが拡大していく。

1993年、イリノイ大学のマーク・アンドリーセンが最初のブラウザーであるモザイクを立ち上げ、その後ネットスケープを創業して、インターネットがメールだけでなく、ウェブサイトへと広がった。なお、アンドリーセンはのちにVCを設立、このアンドリーセン・ホロヴィッツは現在最有力VCの一角となっている。

こうして、ウェブサイトを「カタログ」として使ってモノを販売するeコマースが、最初にこの新技術をマネタイズ(換金)する商売として立ち上がった(「ドットコム・ブーム」)。

2000年代以降――「GAFA」とクラウド、データ

市場では、新興通信事業者やドットコム・ベンチャーに巨額のVC資金が集中し、短期間に高値で上場(IPO)して、起業家とVCが大儲けする事例が相次いだ。「20世紀のゴールドラッシュ」であるが、2000年3月にこのバブルははじけた。

確かに狂乱状態ではあったが、エンジニアがたくさんこの地に集まり、通信回線やデータセンターなどが過剰に作られ、これらの蓄積が次のサイクルをもたらすことになる。

また、この狂乱により、地場産業にすぎなかったシリコンバレーが、全国区の存在となった。焼け野原からいくつかのベンチャーが生き残り、次のフェーズでいよいよ「インターネットとソフトウェア」が本領を発揮する。ここで生き残って現在テック産業の中心的存在となっているのが、1998年創業のグーグル、1994年創業のアマゾンである。

Google共同創業者サーゲイ・ブリン(左)とラリー・ペイジ(右)、2003年(写真:ullstein bild / getty images)

2000年代中頃から、次の時代が幕を開けた。カタログの代替ではない、「ネットでなければできない」新しいタイプの各種サービスが登場してきた。まず2004年にフェイスブック、2006年にツイッター(現X)が創業して、「ソーシャル」が登場。また2005年ユーチューブ創業(その後グーグルが買収)、それまでDVDを郵送していたネットフリックスも2007年頃から動画配信に切り替わった。

そして、モバイルでも新世代技術の登場に合わせて2007年にiPhone、2008年に最初のAndroid端末が発表されて、このフェーズにおける重要な要素が出そろった。

パソコンでデータを処理・保存するのに対し、小さい携帯端末で、写真を撮ってソーシャルにアップするためには、ネット側に処理と保存を依存する必要がある。この仕組みがすなわち「クラウド・コンピューティング」である。

クラウドにパソコンやモバイル機器がつながると、従来は個別のパソコンの中にあったデータがクラウドに集まるようになる。2000年代中頃からこの膨大なデータを保存したり動かしたりする技術が本格的に使われはじめ、そのデータを使って種々の解析をし、さらに新しいサービスを作ることができるようになった。データ・エコノミーの登場である。

グーグルやアマゾンがクラウド・インフラに大型投資し、ユーザーとのインターフェースはiPhoneとAndroidが担う。このように、2000年代のテック・ビジネスでは、「ソーシャル」「モバイル」「クラウド」「データ」の4つが相互にフィードして発達した。よく知られる通り、この4領域の主要プレイヤーである4社は「GAFA」(Google,Apple,Facebook,Amazon)と呼ばれる。

次の展開は、2008年リーマンショック後の不況をきっかけとして「シェアリング・エコノミー」が流行した頃に始まる。民泊のエアビーアンドビー、ライドシェアのウーバーなどが誕生する。いずれも、シェアリングという部分が注目されがちだが、技術要素としては、前述4つの技術要素を活用した地図情報・相互評価・料金決済などが重要である。

業務用分野でも、「フリーミアム」や「サブスクリプション」という形式で、比較的安価な月額料金でソフトウェアやファイルをクラウドで使うSaaS(Software-as-a-Service)が主流となった。2008年から2013年にかけて、ファイル共有の「ドロップボックス」、ビデオ会議「ズーム」、業務用グループチャット「スラック」などが登場した。

AIから未来へ

2012年、いわゆるAI(人工知能)の実現技術の一つである「深層学習(Deep Learning:DL)」を使った画像解析で多数の論文が同時多発的に発表され、ブレークスルーの年となった。

この背景には、ネット上にモバイル写真データが膨大に蓄積されたという点がある。また、GPU(Graphic Processing Unit)という、元はゲームのグラフィックのために作られたチップをAI用に使うようになったことも要因の一つである。1993年創業のNVIDIAはGPUメーカーとして支配的地位にあり、AIの発展を支えるシリコンバレーの最重要企業の一つとなっている。

自動運転もAIのビジネス化として期待を集めた。EVのテスラは2003年にシリコンバレーで起業、今や米国最大のEVメーカーとなった。自動運転は多数の企業が試みて失敗しているが、現在はテスラのシステムと、グーグルのグループ会社ウェイモが運用する無人運転タクシー・サービスが2強として生き残っている。

ウェイモ無人運転タクシー(写真:海部美知)

2010年代、とりわけ2014-15年は「ベンチャー百花繚乱」となったが、その一方で、GAFAによる支配が深く静かに進行した。2012年にフェイスブック(現メタ)が大型上場した後、現在まで10年以上、GAFAを脅かすほどの大型新興企業は出現していない。

その後、2017年創業のソフトバンク・ビジョン・ファンドなど、従来のVCと比べて投資規模が1-2桁大きい「大型ファンド」が参入、2020年からは「コロナ・バブル」と呼ばれる現象も起こった。

そして2022年、大規模言語モデル(Large Language Models:LLM)を使った生成AI、チャットGPTが登場。これを作ったオープンAIは2015年創業で、類似のモデルを擁する競合も複数登場して、AIブームに突入し、現在に至っている。そしてシリコンバレーは、AI分野への技術と投資で、アメリカの次の時代を牽引することを期待されている。

スタンフォード大学がそうだったように、辺境だったシリコンバレーは、ついに自らがトップに立ったとも見える。シリコンバレーは今でも、独特の技術起業と投資のエコシステムを持つ、特別な存在である。しかしもはや、米国産業界の「異端児」ではなく、堂々たる「トップリーダー」としての新しい役割を担うという、そんな歴史のページに差し掛かっているのではないか、と筆者は考えている。

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海部美知(かいふ・みち)
ENOTECH Consulting代表。米国と日本の新技術に関する戦略分析、事業開発支援、投資・提携斡旋、市場調査などを手がける。シリコンバレー在住。本田技研工業を経て1989年NTT入社、米国の現地法人で事業開発を担当。96年米ベンチャー企業のネクストウエーブで携帯電話事業の立ち上げに携わる。99年ENOTECH Consultingを設立してコンサルティング業務を開始し現在に至る。テクマトリックス株式会社社外取締役。成蹊大学客員教授。北カリフォルニア・ジャパン・ソサエティ理事。一橋大学社会学部卒業、スタンフォード大学MBA取得。著書に『ビッグデータの覇者たち』(講談社現代新書)、『パラダイス鎖国』(アスキー新書)、『シリコンバレーの金儲け』(講談社+α新書、2020年)など。