全世界で失明する人は年間4,400万人(※1)を数える。それが30年後には、1億2,000万人(※2)を超えるという推計がある。そんな状況を改善しようと「世界の失明を50%減らす」というミッションを掲げて創業した眼科医がいる。OUI Inc.を率いる清水映輔氏は、ボランティアとして訪れたベトナムで、現地における白内障治療の実態を目の当たりにする。その経験から医療の問題点が明らかになり、スマートフォンの光源を使った眼科診療機器の開発に着手するのである。
※1 https://www.nichigan.or.jp/Portals/0/JJOS_PDF/105_369.pdf 
※2 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28779882/

「第1回:医師だからこそできるスタートアップを」
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開発のヒントはベトナムの過疎地域でのボランティア

「眼科医になって2年目に、中国の国境に近いベトナムの過疎地域に白内障手術のボランティアに行きました。2017年10月のことでした。首都ハノイから車で5時間ほどの場所で、携行できる設備は限られていました。手術することが前提なので、検査機器は持たずに行ったのですが、診療する場所は貧弱でまともに検査もできません。ペンライトを持って行けとアドバイスされていましたが、失念して現地調達しました。ペンライトを眼球に当てて、診断をしましたが、光量も充分でなく電池も貧弱で3日間の日程の初日で使えなくなりました」

と語るのは清水映輔さん。彼がCEOを務めるOUI Inc.(ウイインク)は慶應義塾大学医学部発のスタートアップ。彼らが開発したSmart Eye Camera(SEC)は、スマートフォンに装着するだけで、眼科診療に使えるという画期的な医療機器デバイスだ。現在、国内はもとより世界60カ国以上で使用され、各国で特許も取得している。SECを開発するきっかけが、冒頭のベトナムでの体験だった。過疎地域であっても、診療を受けに来る人たちはスマートフォンを持って時間をつぶしている光景に不思議な感慨を憶えた。

「劣悪な環境下でしたが、仕方なしにペンライトの代わりにスマートフォンのライトを眼に当てて、なんとか乗り切りました。ここまでスマートフォンが普及しているならば、そのライトを光源にして検査機器が作れるのではとひらめいたのです。訓練を積んだ眼科医ならばすぐに思いつくようなアイデアでしたが、帰国して早速デバイス開発に着手しました」

スマートフォンで眼科診療を行える画期的デバイスが誕生

医師として診察を続けるかたわら、3Dプリンターやレーザーカッターを備えたテックショップを訪れ、指導員とも相談しながら、試作を繰り返し、自力でデバイスを開発していった。

「我ながらいいものができたと思えたのが、2019年6月でした。OUIという法人は2016年に作っていたのですが、医療機器を製造販売するにはクラスごとにいろいろな決まり事がありました。私は医師ですので、ビジネスのバックグラウンドはありません。デバイス開発を手伝ってくれた企業に製造をお任せしたり、資金調達をしたりと、チームを少しずつ大きくしながら事業化していったのです」

<上>SEC眼底観察用デバイス<下>前眼部スリットランプデバイス

そうして出来上がったのがSEC。このデバイスが可能にしたことは以下の3つだ。

1.スマートフォンでの眼科診療
スマートフォンのカメラにデバイスを外付けすることで眼科診療が可能になった。外部光源や電池が必要ないのでポケットでの携帯が可能。インターネットに接続すると、遠隔診察も可能に。

2.眼科疾患の診断が可能に
スリットランプモデルは、眼瞼(がんけん)、角膜、結膜、前房、虹彩、水晶体など、前眼部の観察に最適で、白内障・ドライアイ・アレルギー性結膜疾患・前房深度の評価等の多くの眼科疾患の診断や重症度評価が可能。
眼底観察モデルでは、瞳孔を開く作業をすることなく、視神経乳頭や眼底黄斑部の観察ができる。

3.3Dプリンターで製造
どのモデルも高精度の3Dプリンターで製造されている。バッテリーも必要なく、可動部が最小限なため、スリットランプモデルは14グラムと軽量で耐久性に優れ、どこにでも持ち運べる携帯性を持つ。

スリットランプで前眼部を動画で撮影してデータ化する

「一番大変だったのはスマホの光源を細いスリット状の光に変換して画像を撮るところでしたが、試行錯誤の末、成功しました。その直後にコロナ禍となりました。そうしたご時世でしたので、かえって遠隔診療を行うには適した時期だったのです。手軽さとともに、もう一つスマホに着目した理由が、通信機能がついていることでした。現地で撮ったデータを専門医に送ることで診断ができるからです」(清水さん)

これが、SECで撮影した目のデータを専用のアプリで眼科専門医が遠隔診断するサービス「+EYE DR.」(プラスアイドクター)につながる。

歳を取ると目が見えなくなるという常識を変えたい

「眼科の診療手順はほぼ150年前に確立されてから変わっていません。ただ、専門の顕微鏡などは100万円以上と高額なので、日本の離島でも、発展途上国においても簡単に導入はできません。SECは製造コストを抑えるようにしていますし、シンプルな構造ですから安価に提供できます。それは我々のミッションである『失明を半分にする』とも密接に結びついています。眼科の専門医がいないような途上国の医師でも扱えるからです」

そして、デバイスができたからこそ気がついたこともあると清水さんは続ける。

2024年「Forttuna Global Excellence Awards 2024」において、「Healthcare Leader of the Year - Japan」を受賞

「まずは、眼科医に知ってもらおうと論文を書いて、エビデンスを提示しました。世界中の眼科医から100%ポジティブな反応をいただけました。また、眼球の表面である前眼部だけでなく眼底も見えるデバイスも欲しいという声に応えて、眼底観察ができるデバイスも開発しました」

清水さんは、「老境を迎えると眼が見えなくなるのは当たり前」という思い込みが世界中にまだまだ根強く残っていることを憂いている。SECで簡易な眼科検診ができるからこそ、その有用性を世界に訴える重要性にも目を向けたいという。

「お年寄りは失明してもおかしくない、という誤った常識を正すような啓発をしたいのです。全世界の白内障をなくすことができれば、失明率は50%減ります。白内障は、きちんと早期に診断・治療すれば治せる病気です。失明による経済的損失は720兆円に上る(※3)というデータもあります。眼の健康寿命を保つことがどれだけ大切なのかをSECなどを通じてもっともっと訴えていきたいです」
と、清水さんは力強く語るのだ。(第2回へつづく
※3 https://www.ueharazaidan.or.jp/houkokushu/Vol.34/pdf/summary/197_summary.pdf

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清水映輔(しみず えいすけ)
1987年神奈川県生まれ。慶應義塾大学医学部卒。眼科専門医・医学博士。ドライアイや眼科AIが専門。医療法人慶眼会 理事長。慶應義塾大学医学部眼科学教室特任講師。自己免疫疾患関連の重症ドライアイに関して多数の臨床研究や基礎研究の実績を持つ。2016年にOUI Inc.を起業。2024年12月「Forttuna Global Excellence Awards 2024」において、「Healthcare Leader of the Year - Japan」を受賞。2023年日本弱視斜視学会国内学会若手支援プログラム賞、令和5年度全国発明表彰 未来創造発明賞、2022年第76回日本臨床眼科学会学術展示優秀賞・第5回ジャパンSDGsアワードSDGs推進副本部長(外務大臣)賞、2020年 国際失明予防協会 The Eye Health Heroes award、2020年 日本眼科アレルギー学会優秀賞・第十四回日本シェーグレン症候群学会奨励賞など、数々の実績を持つ。