「第1回:日本発の競争戦略の傑作」はこちら>
「第2回:ユーザーイン」はこちら>
「第3回:メーカーベンダー」
「第4回:非合理を合理に変えるストーリー」
※ 本記事は、2025年1月23日時点で書かれた内容となっています。
前回、マーケットとユーザーは違うという話をしました。メーカーにとってマーケットというのは問屋のニーズであり、それはユーザーが実感できる価値を提供するというアイリスの「ユーザーイン」を潰すことになりかねない。そのためにアイリスは、「メーカーベンダー」という独自のポジションを取ります。
これはどういうことかというと、メーカーであるアイリスが問屋機能までを内部に抱える仕組みです。具体的には、アイリスのお客さまであるホームセンターに対して問屋を通すことなく自分たちで直接商品を納入して、売り場づくりや販促など問屋がやっていることを自らの手で行う。これが「メーカーベンダー」という商売の仕組みであり、「ユーザーイン」というコンセプトを駆動させるアイリスのユニークなポジションです。
普通のメーカーの場合、工場から出荷した製品がどこにどう流れているかは分かりません。ところが「メーカーベンダー」であれば、いつどこで何が売れたかが正確に分かる。データに裏付けられた仮説を立てて、商品を企画することができますし、ユーザーからのフィードバックに基づいて商品を改良することもできます。
Eコマースになってくると、問屋を通さずに直接取引するというケースが増えてきますが、その目的は問屋の中間マージンというコスト削減です。しかし「メーカーベンダー」の一義的な目的は、コスト削減ではありません。エンドユーザーの本当のニーズを、流通の都合でゆがめたくない。店頭活動まで責任を持ってやれば、「ユーザーイン」に必要な洞察を磨くことができる。そのための「メーカーベンダー」なのです。
単に問屋を通しませんということと、問屋機能を持つ「メーカーベンダー」になるということは、全く意味が違います。ホームセンターはベンダーに対して、品揃えも求めます。ベンダーは1つの製品をたくさん売るだけでは不十分で、より多様な売れる商品で棚を押さえてお店での価値を上げる必要がある。ベンダーとしてホームセンターに選ばれなければ、商品の供給経路もユーザー情報の獲得経路も遮断されますから、アイリス側は真剣勝負でユーザーを洞察します。「メーカーベンダー」というポジションは、自分たちの商売がユーザー視点から逸脱するのを防ぐという役割も果たしている。だから「ユーザーイン」がぶれないのです。
繰り返しになりますが、経営の最大の目的は長期利益です。しかし儲けることよりも、儲け続けることの方が何倍も難しい。なぜなら、そこに競争が起きるからです。ある会社が高いパフォーマンスを達成していれば、当然ほかの会社も関心を持ちます。なぜ儲かっているのか、なぜ成長しているのか、好業績の背後にはどういう戦略があるのか、みんなが探るようになる。情報の流通チャネルが整っている今であれば、ありとあらゆる知識を容易に獲得することができます。ある会社が一時的に成功したとしても、その戦略はいずれ模倣されてしまい、競争優位は長期に持続できなくなる。
ところがアイリスはそうなっていません。大山さんの本のタイトルのように、いかなる時代環境でも利益を出している。アイリスは昭和の時代から成功していますから、もう四方八方から戦略を注視され、模倣の脅威にさらされているはずです。現に商品レベルでは常に模倣されていて、大ヒットした半透明の収納ケースも、短期間で賞味期限を迎えました。商品は模倣されるのに、なぜ企業としてのアイリスは持続的な競争優位を確立しているのか。
それは、僕が競争戦略という分野で仕事を始めたときからずっと考えてきたことで、もしかしたらこれまで見過ごされてきた論理があるのではないかと気付いたことがあって、それをまとめたものが『ストーリーとしての競争戦略』です。つまり個別の打ち手や違いではなくて、さまざまなディシジョンやアクションが一貫した因果関係の論理でつながっているストーリー、この総体にこそ競争優位の正体がある。アイリスは、「ストーリーとしての競争戦略」のほとんど完璧な事例だと僕は考えています。次回は、アイリスの競争優位の持続性についてお話ししたいと思います。(第4回へつづく)
楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。
著書に『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年,日本経済新聞出版)、『楠木建の頭の中 仕事と生活についての雑記』(2024年,日本経済新聞出版)、『経営読書記録 表』(2023年,日経BP)、『経営読書記録 裏』(2023年,日経BP)、『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。
楠木特任教授からのお知らせ
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