一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
今月は身辺雑記的な題材から、年をとることの喜びについて学ぶ。第3回は、急転直下で襲ってきた還暦の洗礼について。

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「第3回:還暦カーニバル」
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※ 本記事は、2024年7月4日時点で書かれた内容となっています。

予約した日にかかりつけのクリニックに診察を受けに行くと、先生は第一声で「体重減少にしても便秘にしても原因は同じ。ほぼ間違いなく糖尿病です」と言われました。僕はこのクリニックで定期的に血液検査や人間ドックを行っているので、先生は僕の経時変化をデータで把握しています。それまでも糖尿に関わる数値は高い水準にあり、「注意した方がいいですよ」と言われてはいましたが、僕としては毎日あれだけ甘いもの食べているのだからそんなものだろうとタカをくくっていました。注意レベルの警告程度で、夜の甘いものを我慢できるはずもありません。

今回の先生の診断によると、糖尿病悪化の最大の原因は液体化作戦だと指摘されました。これが絵に描いたような悪循環を引き起こしていると言うのです。前回お話ししたように、どら焼き、シュークリームなどの固形の甘いものをやめて、代わりにレモンスカッシュとカルピスウォーターなどの液体で甘味欲求を満たす。この液体化作戦が完全な浅知恵であり、全くの逆効果になっていました。

今はAmazonなどで箱買いできるので、僕は大量のレモンスカッシュとカルピスウォーターを物置に常備して、必ず冷蔵庫に冷やしておき、くいくいと飲んでいました。しかし甘い冷たい飲み物の砂糖の量というのはかなりのものです。これが血糖値を引き上げたという先生の説明です。そりゃそうだ。

しかも糖尿病というのは、やたらとノドが渇くものらしいのです。糖尿病初心者の僕はそんなことを知るはずもなく、やけにノドが渇くのでさらにレモンスカッシュとカルピスウォーターを飲んでいました。これで血糖値はさらに上昇する――完全なる悪循環です。

その日は、現状を詳しく把握する血液検査のための採血をして帰りました。数日後に先生から電話がありまして、案の定、「前回の検査時と比べて数値が異様に上がっているので、今すぐに大学病院に行ってください。このまま放置しておくと、意識障害になる怖れがあります」と言われました。僕はその電話を取った時、なぜかマクドナルドでチキンタツタとLにサイズ変更したフライドポテトを食べていたのですが、大好きなポテトを残して病院に向かいました。マクドナルドでフライドポテトを残したのは、僕の60年の人生でも初めてのことです。

自分でクルマを運転して、30分後に指定された大学病院の救急受付に着きました。救急には救急のルーティンがあるようで、看護師さんは、「意識はありますか」とか「自分の名前と生年月日を言ってください」と聞いてきます。自分でクルマを運転してきているので意識がないはずはないのですが、もちろん看護師さんに合わせて答えました。

大学病院の医師に診ていただくと、糖尿病であることに間違いはないが、糖尿病にもいろいろなタイプがあって何がその原因なのかを特定する必要がある。心配されるのは膵臓がん由来で糖尿病になっているケースだということ。まずは膵臓のMRIを撮りましょうということになりました。「僕はこれからどうしていけばいいでしょうか」と先生に聞きますと、答えはシンプルで「糖質を減らすこと」「運動をすること」という2点を指示されました。そりゃそうだ。

救急病棟で、「人間は本当によくできているなあ」と改めて気づかされました。振り返ってみると今年になってからいろいろなことがありました。差し歯が出張先でとれてしまいました。神経がむき出しになったようで、気絶するほどの激痛が襲ってきまして、ひどい思いをしました。そうこうしているうちに、義理の父が亡くなります。そして孫が生まれ、ついに糖尿病になる。60歳という節目を迎えたとたんに、還暦イベントが押し寄せてくる。60歳というのはそういう年回りになっている。還暦カーニバル開催中です。(第4回へつづく

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楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

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「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
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