株式会社 日立製作所 制御プラットフォーム統括本部 松本一人/沖林久徳
2022年に始動した大規模GXプロジェクト「大みかグリーンネットワーク」は、どのようなアプローチで、どのような未来をめざすのか――。前例のないすそ野の広がりの中で重ねられる挑戦は、これまでの価値観を転換させ、企業活動と環境対応の関係性に再定義を迫るほどのインパクトを秘めている。

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「第2回:事業成長と脱炭素を両立するために」
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日立は環境長期目標「日立環境イノベーション2050」において、工場やオフィスなど自社の事業所における2030年度までのカーボンニュートラル達成と、バリューチェーンを通じた2050年度までのカーボンニュートラル達成などを目標に掲げ、「脱炭素社会」の実現をめざしています。併せて、日立が使用する水・資源の利用効率を2050年度までに50%改善することを目標とする「高度循環社会」、さらに自然資本へのインパクトを最小化する「自然共生社会」の実現に向けた取り組みも推進中です。

こうした取り組みの一環として、2022年度から大みか事業所が取り組んでいるのが、「大みかグリーンネットワーク」という一大プロジェクト。サプライチェーン全体でのカーボンニュートラル達成をめざすこのプロジェクトでは、大みか事業所だけでなく、地域企業や自治体、さらには、サプライヤーや配送事業者などサプライチェーンに参画するパートナー企業などとも連携しながら、脱炭素関連実証を中心とする各種GX施策を推進しています。

成長可能な脱炭素を協創する「大みかグリーンネットワーク」

事業所から地域やサプライチェーンへ広がる実証の試み

――「大みかグリーンネットワーク」はどのような経緯で構想されたのでしょうか。

松本
2011年の東日本大震災以降、大みか事業所では多岐にわたる省エネ・再エネ施策を推進してきましたが、その取り組みの延長線上にあるのが、今回の大みかグリーンネットワークです。カーボンニュートラルに関しては、日立だけでなく世の中全体で脱炭素化の目標設定をしていますが、そのハードルは非常に高く、目標達成にはこれまでの延長線上だけではなくて、より意欲的なGXの取り組みが必要となります。このような状況を踏まえ、大みか事業所がハブとなり、さまざまなステークホルダーの皆さまと共に脱炭素化を推進する大みかグリーンネットワークをスタートさせました。

まずは大みか事業所というフィールドで実証を重ね、その成果を地域やお客さま、サプライチェーン全体にフィードバックし、より効果的なソリューションとして製品・サービス化していこうと考えています。昨今は、本プロジェクトに対するお客さまや行政関係者などによる視察も増加しており、各種実証やその成果をご紹介する機会も増えている状況です。

沖林
ただ、環境課題に対する意識や捉え方には、やはり地域や企業ごとにそれぞれ濃淡があるものです。そこで全体をまとめて一斉に推し進めるのではなく、まずは大みか事業所をフィールドに種々の実証を重ね、その成果を蓄積しながら汎用的なモデルケースを作り、他の地域やサプライチェーンにその輪を広げていければと考えています。

松本
そうしたさまざまなステークホルダーと共に推進する施策がある一方で、大みか事業所がめざすカーボンニュートラル達成に向けた施策もまた、大みかグリーンネットワークの活動の柱です。大みか事業所では「日立環境イノベーション2050」に掲げた「2030年度まで」より6年も早い2024年度のカーボンニュートラル達成に向けて現在奮闘中です。

工場内約900か所に及ぶ電力センサーからの電力使用量データをモニタリング

「経済価値と環境価値の両立」という命題

――大みかグリーンネットワークでは「経済価値と環境価値の両立」というテーマを掲げていますが、CO₂排出量を減らすためには、設備投資などのコスト負担がどうしても発生します。経済価値と環境価値は、両立できるものでしょうか。

松本
これまでは、経済価値と環境価値は相反する概念だったかもしれません。しかしこれからは、環境価値が経済価値として評価される時代になります。ESG投資という観点からも、環境課題に目をそらし続ける企業は投資対象として劣後するだけでなく、社会的存在としても認められなくなる。ひいては事業活動そのものの継続まで危うくなります。

もちろん、環境対応のための設備投資といった資本的支出は企業財務のうえで無視できません。そこで大みかグリーンネットワークでは、経営課題や財務状況といったお客さまの実情も踏まえ、コスト負担などを意識しながら、経済価値と環境価値の両立を図れるよう、実証を通じて環境関連ソリューションの費用対効果なども追求していきたいと考えています。

沖林
一方で、近年ではEUなどにおける炭素税導入や、CO₂削減量を証券化するカーボンクレジット市場の創設、さらに昨今のエネルギー料金の高騰などを背景に、環境への取り組みがその企業の利益や費用を直接的に左右する時代になりつつあります。これまで脱炭素化を自分事として捉えていなかった企業も、その将来的な経営リスクに気付き始めているはずです。

松本
大みかグリーンネットワーク開始以降、お客さまや官公庁の方々とお会いする機会も増えましたが、環境価値に関しては大企業のお客さまも強い危機感を持っておられますし、多くの方々が「環境対応していかないとビジネスの土台に載ること自体が難しくなっている」という現状認識を共有されています。しかし一方では、「では何から手を付けるべきか」とお悩みの会社も少なくないようです。

そういう意味で大みかグリーンネットワークは、各企業の方々が環境対応に関する幅広い情報や知見を集約できる機会でもあります。それぞれの会社内で環境に関する議論が進むきっかけやヒントをお届けできているのではないでしょうか。

――大みか事業所でこれまで取り組んできた工場運営におけるDXと大みかグリーンネットワークによる脱炭素化などに向けたGXは、どのような関係にあるのでしょうか。

沖林
私たちの考えるGXはそもそも、CO₂排出量だけでなくコストも削減する取り組みです。一方で、実はDXがGXの手段にもなるという見方もできます。というのも、DXはデジタル技術やデータを駆使して事務処理、生産業務などを効率化していくデータドリブンなアプローチですが、例えばDXによる生産性向上で電力消費を抑制すること自体、脱炭素化を後押しするGXの取り組みとなるためです。

松本
今後、企業価値を高めていくためには、DXによるデータドリブンなエコシステムの構築が必要です。事業の継続的な成長による経済価値と、脱炭素化などを通じて追求する環境価値を両立させていくために、DXを通したGXというアプローチは、これからの企業にとって1つの解となるのではないでしょうか。 (第3回へつづく

大みかグリーンネットワーク

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松本一人(まつもと かずひと)
株式会社 日立製作所 制御プラットフォーム統括本部 事業主管 兼 大みか事業所長
1996年、日立製作所 大みか事業所に入社。産業用コンピュータ・プラント制御用コントローラなどの設計開発に従事。2017年からは社会インフラ向け保守サービス事業の立ち上げに注力。2019年からは発電制御システム本部長に就任し、電力分野へのDX/GX導入を推進。2023年より現職。

沖林久徳(おきばやし ひさのり)
株式会社 日立製作所 制御プラットフォーム統括本部 サービス・制御プラットフォームシステム本部 GX事業推進部 部長
2005年、日立製作所 大みか事業所に入社。鉄道運行管理システムのほか、社会インフラシステム向け共通基盤・情報制御LANの設計開発に従事。2017年からは大みか事業所内で20年来実践してきた高効率生産モデルをベースとする生産改革ソリューションの対外発信・外販化に注力。2019年からは中国市場における製造業向けデジタルソリューション事業の立ち上げに参画し、グローバルな製造DX・IoTビジネスを経験。2023年より現職。