株式会社博報堂 根本かおり氏 / 経済産業省 梶川文博氏 / 日立製作所 鈴木朋子
GXリーグ」の運営を行う経済産業省の梶川文博氏と、株式会社博報堂の根本かおり氏、日立製作所 研究開発グループの鈴木朋子による鼎談。最終回では、日系企業のGX投資を加速させる環境関連ファイナンスをめぐる取り組みについて意見が交わされた。

「その1:GXリーグ発足からの1年」はこちら>
「その2:2050年、GXの事業機会」はこちら>
「その3:GX投資を加速させる環境価値取引」

環境関連ファイナンスの今

池ヶ谷
「未来像策定ワーキンググループ」が抽出した「20の洞察」には、カーボンクレジットに代表されるような環境価値取引の活性化も含まれています。生活者をはじめ、企業や金融機関など多くのステークホルダーが積極的にGX投資を行って環境価値を生み出すことで、気候変動問題の解決に貢献しながら経済の成長に寄与するといった取り組みが将来的に求められるという印象を受けました。

梶川
気候変動問題に対する取り組みは1社だけではできないですし、行政だけでもできません。さまざまなステークホルダーが参画していけるためのDXが欠かせませんし、なおかつ、だれもが楽しく取り組める必要があります。

中でも家庭部門におけるCO2削減は困難です。生活者一人ひとりの環境に対する意識が変化しない限り、CO2を削減しようという行動は起きません。例えば、個人がカーボンクレジットを創出することで「GXに取り組むと儲かるんだね」という手応えを得れば、一人ひとりの行動変容につながります。まずは企業向けの取り組みではあるのですが、経済産業省が東京証券取引所に委託して、カーボンクレジット市場の実証実験も行いました。

根本
気候変動問題にどう取り組むかを自社だけで考えていると、設定されている目標の重さなどにより、個人レベルでの「前向きな未来」が描きづらい――そういう方が多いと思います。企業視点での未来像をまずは取り払って、個人としての本音でさまざまな業界の方々と議論することで、「こういう未来をつくりたいよね」「こういう取り組みがしたいよね」という発想が芽生える。そこに、自分もコミットしたいと強く思うことが、CO2削減の取り組みの次の一歩――同じ問題意識を持った仲間が増え、仕組みを形成していくという動きにつながると思うのです。そのためには何より、個人として「こんな未来を実現したい」と強く思えるかどうかが重要です。

博報堂 根本かおり氏

梶川
CO2削減に対する企業のモードチェンジは、この数年で大きく加速したという印象があります。また、GX投資もかなり進んできています。ただ、まだまだGX投資がコストだと捉えられているケースが多いように感じます。GX投資によってどんなリターンが得られるかをしっかり議論することが、グリーンを取り巻く市場の確立には欠かせません。

いくら企業努力を重ねて、CO2を排出せずに製品をつくったとしても、従来の製品よりも機能や性能が優れているわけではない。そこまでしてGX投資をする意味はあるのか――そういう声も聞かれます。しかし、その製品がもたらす環境価値をしっかりと可視化して顧客企業なり消費者なりに認識してもらうことが非常に大切だと思うのです。そのときに、カーボンフットプリントの算出を可能にするテクノロジーが役立つのではないでしょうか。

※Carbon Footprint of Product。原材料調達から生産、流通・販売、使用・維持管理、廃棄・リサイクルなどを通じて排出されるCO2やメタン、一酸化炭素、フロンガスなどの温室効果ガスの排出量をCO2に換算し、商品やサービスにわかりやすく表示する仕組み。

経済産業省 梶川文博氏

鈴木
「20の洞察」では、CO2削減を起点に、2050年における働き方や出会い方、ゲーム、スポーツとまさに多様な観点から未来像が描かれており、そこに大きな可能性を感じます。例えば、太陽光パネルを山林の土壌に敷き詰めたときに、生物多様性は保てるのか、森林への悪影響はないのか……といったように、人々の関心の対象が広がっていく。ポジティブなサイクルが回ることで、CO2を削減に対する世の中の関心が高まっていくと素晴らしいと思いました。

日立 鈴木朋子

日系企業のGX投資を加速させるために

池ヶ谷
GXリーグの今後の活動についてはどんな展望をお持ちですか。

梶川
めざしているのは、官民合わせて150兆円超のGX投資を引き出すことです。中でも2050年のカーボンニュートラルに向けた取り組みは非常に不確実性が高く、新たな技術の開発が必要とされています。

2022年12月に、政府全体で「成長志向型カーボンプライシング構想」をまとめ、10年間における政策のロードマップを描きました。GX投資に関する企業にとっての予見可能性(※1)を高めることが狙いの1つです。企業のGX投資を引き出す手段は、大きく2つあります。アメリカのIRA(Inflation Reduction Act※2)のように企業にGX投資の強いインセンティブを与える。もう1つが、ヨーロッパのようにCO2排出量に関する厳しいレギュレーションを設け、それをクリアするためのGX投資を加速させるというやり方です。

※1 危険な事態や被害が発生する可能性があることを事前に認識できること。
※2 米国インフレ抑制法。2022年8月にアメリカで成立した、過度なインフレを抑制すると同時にエネルギー安全保障や気候変動対策を迅速に進めることを目的とした法律。

我々が構想している手法は、それらのハイブリッドです。まずは、経済移行債という国債を発行し、企業のGXへの取り組みを支援します。その上で、5年後と10年後からカーボンプライシング(※)をスタートさせることをあらかじめ示します。つまり、より早期にGXを実現した企業ほど、長期的に見て負担が少なく済むという仕組みです。これによって、2022年からの10年間で150兆円を超えるGX投資を実現したいと考えています。一度仕組みをつくったら終わりではなく、産業界とも対話を続けながら、つねに適切な政策を講じ、ロードマップを更新していく必要があります。

※企業などの排出するCO2に価格をつけ、それによって排出者の行動を変化させるために導入する政策手法。

池ヶ谷
根本さんは広告産業に携わる身として、社会における脱炭素の機運を高めるために今後どんな取り組みをしていきたいですか。

根本
わたし自身にとって、GXへの取り組みはようやくスタート地点に立った段階です。未来像策定ワーキンググループで描いた「20の洞察」と「GX未来社会」にしても、答えではなく、事業を考えるためのヒントに過ぎません。GXリーグで得た知見や気づきをわたしなりに自分の領域に持ち帰って、新事業につながる新しい切り口をどんどん広げていきたいと考えていますし、社内の有志で集まって事業開発の検討も始めています。今後も個人の意思を引き続き大事にしながら、業界として、個人として、何ができるのかを模索し続けていきたいと考えています。

池ヶ谷
鈴木さんは日立の研究開発に携わる立場として、将来取り組みたいことはありますか。

鈴木
2050年のカーボンニュートラルの実現には技術的イノベーションが不可欠です。例えばNEDOのグリーンイノベーション基金などを活用することで、日立にもまだまだできることがあると感じています。また、GXに取り組んでいる企業に対して、一般市民が「この企業はグリーンだから応援したいね」と支援できるプラットフォームの構築に、日立のデジタルテクノロジーで貢献できたらと思っています。

池ヶ谷
2050年のカーボンニュートラル実現に向け、生活者の意識もどんどん変わってきていると思いますし、変化のスピードも増しているように感じます。企業の皆さんにはこの状況を是非チャンスと捉えていただき、新しい事業やイノベーションを起こしていただきたいなと思います。本日はありがとうございました。

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梶川文博(かじかわ ふみひろ)
経済産業省 産業技術環境局 環境経済室長(ウェビナー開催当時)
2002年、経済産業省に入省。中小企業金融、IT政策、デザイン政策、経済成長戦略の策定、産業競争力強化のための人材育成・雇用政策、省内の人事企画・組織開発、ヘルスケア産業育成、マクロ経済の調査分析などに携わる。一般社団法人Future Center Alliance Japanの理事を兼務。

根本かおり(ねもと かおり)
株式会社 博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局 イノベーションプラニングディレクター
広告づくりの現場で自動車、化粧品、家庭用品など、多岐に渡る業界の広告マーケティングやブランディングにたずさわる。その経験を活かし、活動フィールドを生活者発想・未来発想に軸足を置いた事業・商品・人材開発、プラットフォームづくりなどにうつして活動中。東京工業大学「未来社会DESIGN機構」委員、日本科学技術振興機構「サイエンスアゴラ」委員、環境省「2050年を見据えた地域循環共生圏検討業務」委員。

鈴木朋子(すずき ともこ)
日立製作所 研究開発グループ 技師長
1992年、日立製作所に入社。以来、水素製造システム、廃棄物発電システム、バラスト水浄化システムなど、一貫して脱炭素・高度循環・自然共生社会の実現に向けたシステム開発に従事。2018 年、顧客課題を起点とした協創型事業開発において事業拡大シナリオを描くビジネスエンジニアリング領域を立ち上げ、現在は社会課題を起点とした研究開発戦略の策定と事業化を推進する環境プロジェクトをリードしている。

池ヶ谷和宏(いけがや かずひろ)
日立製作所 研究開発グループ サステナビリティ研究統括本部 主任デザイナー
日立製作所入社後、エネルギー、ヘルスケア、インダストリーなど多岐にわたる分野においてUI/UXデザイン・顧客協創・未来洞察に従事。日立ヨーロッパ出向後は、主に環境問題を中心としたサステナビリティに関わるビジョンや新たなデジタルサービスの研究を推進している。

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