株式会社博報堂 根本かおり氏 / 経済産業省 梶川文博氏 / 日立製作所 鈴木朋子
経済産業省が主導する「GXリーグ」の未来像策定ワーキングでは、カーボンニュートラルが実現した2050年の未来社会を描いている。そこには、企業にとって事業開発のヒントとなるアイデアが詰まっているという。GXリーグのメンバーである経済産業省の梶川文博氏、株式会社博報堂の根本かおり氏と、日立製作所 研究開発グループの鈴木朋子による鼎談、その2。

「その1:GXリーグ発足からの1年」はこちら>
「その2:2050年、GXの事業機会」
「その3:GX投資を加速させる環境価値取引」はこちら>

「20の洞察」、6つの「GX未来社会」

池ヶ谷
先ほど根本さんからお話のあった未来像策定ワーキンググループには、実はわたし自身もプレーヤーとして参加し、賛同企業の方々と議論をさせていただきました。取り組みの全体像について、昨年度事務局を担当されていた根本さんからご紹介いただけますか。

根本
未来像策定ワーキンググループでは、2050年にカーボンニュートラルを実現した社会や人々の生活を描くという活動をしています。気候変動問題では、設定された目標にどれだけ近づけるかがクローズアップされがちです。このワーキンググループでは、設定された目標への対応という観点だけでなく、一人ひとりのメンバーが一個人として「こんな社会を実現したい」という「思い」を臆さず出し合うことを大切にしました。個人レベルでは空想に過ぎない「発想」でも、人数が集まることで「構想」に成長し、やがて「実装」に近づいていくのではないか――そう信じて、皆さんと丁寧に対話を重ねながら「未来像」をつくり上げました。

博報堂 根本かおり氏

気候変動に関する社会要請をしっかり整理した上で、まずはできるだけ生活者視点で考え、一人ひとりの暮らしの変化に力点を置いて未来の社会像を描くように努めました。さらに、描いた未来社会において具体的にどのようなビジネスが機能しているのか、技術開発や政策はどのような状況になっているのか、一つひとつを掘り下げて議論し、それらをひも付けて「20の洞察」にまとめました。

さらに「20の洞察」をグルーピングした上で、創出されるGXの事業機会を6つの「GX未来社会」として導き出しました。これらのアイデアを、行政は政策に、企業は中長期の経営戦略や事業開発などに反映していただくことを想定しています。

「CO2経済圏」「国民総発電」「オフりびと」

根本
「20の洞察」の中から、代表的なものをいくつかご紹介します。まずは「CO2排出量が経済活動の価値軸になる『CO2経済圏』が誕生」。CO2に関するあらゆることが可視化される。それが当たり前になり、なおかつ、個人の幸せにつながっている――例えば、CO2排出量削減のリテラシーが各個人に定着している社会を描きました。

次に、「国民総発電を実現するエネルギーインフラが生まれる」。イメージしているのは、国民全員で創エネできる社会です。さらに、個人間でのエネルギーの売買も当たり前に行われるようになり、それを仲介するプラットフォームが必要になっていきます。

3つ目は、「『国民総発電』を実現するエネルギーインフラが生まれる」。仮想通貨などによる取引で資産が1億円以上になった人を意味する「億り人」というネットスラングがあります。いわば、その「CO2削減価値取引」バージョンを意味する造語「オフりびと」がどんどん生まれる。国民全員が積極的に環境価値で企業を評価する、トレーダーになっていく。そんな社会を描いています。

「GX未来社会」×「20の洞察」

鈴木
我々日立の研究開発グループでも、実は未来像策定ワーキンググループに近いアプローチで「未来洞察」に取り組んでいます。また、日立全体としては「プラネタリーバウンダリー(※)」と「ウェルビーイング」双方の観点からの価値提供をめざしています。今ご紹介いただいた「20の洞察」は、GXで社会全体と個人がどう変化するかをさまざまな角度から描いている点で、非常に示唆に富んでいると感じました。

※ Planetary Boundaries:環境学者のヨハン・ロックストーム博士などが提唱した9つの地球の限界値。

梶川
「20の洞察」については、「こういう未来は確かにあり得そうだな」と思えるものから「これ、本当に実現するの?」といったものまで、非常に幅広いアイデアが生まれました。次の段階としては、「20の洞察」を実行に移すために、各事業領域や各企業において「こんな取り組みができるのではないか」という具体にまでブレイクダウンした議論が求められます。

経済産業省 梶川文博氏

池ヶ谷
「20の洞察」は、企業の事業企画部門をはじめ、イノベーション創出に関わる方やクリエイター、R&Dの方にとっても非常に多くのヒントが詰まっています。6つの「GX未来社会」――つまり製品・サービスの供給者の視点から見た未来事象と、「20の洞察」――生活者の視点から見た未来の兆しとを掛け合わせて強制発想することで、新たな事業アイデアがどんどん生まれるのではないでしょうか。

個人の意思決定のプロセスは、次のフェーズへ

鈴木
未来像策定ワーキンググループの取り組みを伺って、エネルギーインフラの使用における個人の意思決定のプロセスが次のフェーズに進んだような感じがしました。先日、Z世代の方々とワークショップを行ったときに、「使用する電気を個人が選べられないのはなぜ?」という問題提起がありました。だれがどこでつくった電気なのか、どんな品質の電気なのかを知った上で、使用する電気を選べる――そんな状態が当たり前になってくると、国民の価値観に応じてエネルギーシステムのあり方も変化していくのではないでしょうか。

日立 鈴木朋子

日立はこれまで、エネルギーシステムを支えるデバイスやソフトウェアを提供してきました。仮に、エネルギーシステムそのものが従来とはまったく違う形に変化した場合、研究開発の分野では何をしなければいけないのか。未来像からブレイクダウンして、我々がやるべきことを考えなくてはいけないと、あらためて強く感じました。

池ヶ谷
近年注目を集めているWeb3.0(※)のように先進的なデジタル技術が登場したことで、一部の企業しか生み出せなかったエネルギーを、一個人が生産し、売買できるようになる――充分に実現の可能性があるお話だと思います。(第3回へつづく)

※ブロックチェーン技術を基盤とした、価値の共創・保有・交換を行う経済圏。

ナビゲーターの日立 池ヶ谷和宏

「その3:GX投資を加速させる環境価値取引」はこちら>

梶川文博(かじかわ ふみひろ)
経済産業省 産業技術環境局 環境経済室長(ウェビナー開催当時)
2002年、経済産業省に入省。中小企業金融、IT政策、デザイン政策、経済成長戦略の策定、産業競争力強化のための人材育成・雇用政策、省内の人事企画・組織開発、ヘルスケア産業育成、マクロ経済の調査分析などに携わる。一般社団法人Future Center Alliance Japanの理事を兼務。

根本かおり(ねもと かおり)
株式会社 博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局 イノベーションプラニングディレクター
広告づくりの現場で自動車、化粧品、家庭用品など、多岐に渡る業界の広告マーケティングやブランディングにたずさわる。その経験を活かし、活動フィールドを生活者発想・未来発想に軸足を置いた事業・商品・人材開発、プラットフォームづくりなどにうつして活動中。東京工業大学「未来社会DESIGN機構」委員、日本科学技術振興機構「サイエンスアゴラ」委員、環境省「2050年を見据えた地域循環共生圏検討業務」委員。

鈴木朋子(すずき ともこ)
日立製作所 研究開発グループ 技師長
1992年、日立製作所に入社。以来、水素製造システム、廃棄物発電システム、バラスト水浄化システムなど、一貫して脱炭素・高度循環・自然共生社会の実現に向けたシステム開発に従事。2018 年、顧客課題を起点とした協創型事業開発において事業拡大シナリオを描くビジネスエンジニアリング領域を立ち上げ、現在は社会課題を起点とした研究開発戦略の策定と事業化を推進する環境プロジェクトをリードしている。

池ヶ谷和宏(いけがや かずひろ)
日立製作所 研究開発グループ サステナビリティ研究統括本部 主任デザイナー
日立製作所入社後、エネルギー、ヘルスケア、インダストリーなど多岐にわたる分野においてUI/UXデザイン・顧客協創・未来洞察に従事。日立ヨーロッパ出向後は、主に環境問題を中心としたサステナビリティに関わるビジョンや新たなデジタルサービスの研究を推進している。

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