「100人中1人」に愛されるクラフトビールづくりをめざし、全国に個性的なエールビールを送り出してきた株式会社ヤッホーブルーイング。日本発の経営戦略「J-CSV」の観点から見た場合、同社はどんな社会的価値を生み出しているのか。代表取締役社長の井手直行氏率いる社員の視線の先にあるものは、あくまでもファンの姿だ。

「第1回:『100人中の1人』に愛されるビールづくり」はこちら>
「第2回:ビール事業ではなく、エンターテインメント事業」
「第3回:螺旋状に成長し続ける組織」はこちら>
「第4回:コロナ禍の成長と挑戦」はこちら>
「第5回:パートナーと一緒にビール業界を盛り上げていく」はこちら>

ヤッホーブルーイングの社会的価値

――このシリーズのタイトルにある「J-CSV」は、経営学者のマイケル・ポーター氏が提唱するCSV(Creating Shared Value)に対して、社会的価値の創出を目的として経済的価値も創出するという、一橋ビジネススクール客員教授の名和高司氏が提唱している日本発の経営戦略です。ヤッホーブルーイングは、社会に対してどんな価値を提供しているのでしょうか。

井手
お客さま――我々の製品の“ファン”の皆さんに、クラフトビールを通じて幸せになっていただくことです。

株式会社ヤッホーブルーイング 井手直行氏

我々は自分たちの事業を「ビールを中心としたエンターテインメント事業」と捉えています。一番わかりやすいエンターテインメントが「ファンイベント」です。ビールを飲みながらいろいろなお話をしたり、ビールづくりの紹介やビールにまつわるクイズ大会で知的好奇心をくすぐったり、一緒にダンスや盆踊りをしたり、泊りがけのキャンプイベントで焚火を囲みながらみんなで歌ったりと、ファンとスタッフが一体になって楽しめる仕掛けを、スタッフ自らの企画・運営のもと用意しています。

すると、ファンの皆さんは「おいしい!」「楽しい!」「幸せだ!」と感じる。イベントで出会った見ず知らずの方と仲間になっていく。次のファンイベントでその方と再会して、そのお友達とも仲間になってと、どんどん輪が広がっていく。

価値観の合う仲間との出会いを通じて、「クラフトビールを飲みながらこんな時間を過ごせて幸せだなあ」と感じていただく。これが、我々が社会に提供している価値です。

2019年5月にヤッホーブルーイングが主催したファンイベント「よなよなエールの超宴 in 新緑の北軽井沢 2019」の1コマ

そのほか、例えば公式通販サイト「よなよなの里」では、ビールに合うおすすめ料理のレシピ、ファンイベントの報告、アウトドアでのビールの楽しみ方など、ビールへの興味を掻き立てる記事や動画を配信し、ファンの皆さんに疑似体験を提供しています。

顧客対応にサプライズを

――2016年に出版されたご著書『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』(東洋経済新報社)には、創業当初、クレーム対応を当時営業部長だった井手さんご自身で行い、顧客一人ひとりに対して何往復も丁寧にメールのやりとりをされていたと書かれています。今も、当時のようなきめ細かい顧客対応をされているのですか。

井手
今はSNS対応チームのスタッフがSNSを日々チェックし、わたしがやっていた頃よりもさらに丁寧なコミュニケーションを取っています。

先日、こんな投稿がありました。「近所のお店、最近よなよなエール置いてないから買えないんだよな……」。この投稿を見つけたスタッフがこうコメントしました。「よなよなエールのスタッフです。投稿を拝見しました。もし支障がなかったら教えていただきたいのですが、お客さま、どちらにお住まいですか? こちらで取扱店を確認してお知らせします」「え、本当ですか! わたし、〇〇〇に住んでます」。それからスタッフたちは、バーッと手分けして取扱店を探しました。「お客さまの近辺のこのイオンと、このセブン-イレブンならご購入いただけます!」「ありがとう! 今すぐ買いに行きます」。

――投稿したお客さまはかなり喜ばれたのではないでしょうか。

井手
すごく喜んでくださいました。SNSに上がった素敵なコメントに対して、「よなよなエールです。いつもありがとうございます。コメント、本当に嬉しいです」とスタッフが返す。ファンの方に喜ばれる。そういう事例が一日に何十件もあり、社内で共有しています。先ほどの例のようなサプライズ的なファン対応を見ると、わたしも嬉しくなります。「うちのスタッフ、すごいな」と。

ほかにも、「どうしてもお礼を言いたくて」と直接お電話をいただいたり、「こんなエピソードがあったんです」とメールやお手紙で教えてくださったり、プレゼントを同封してくださったりと、日々さまざまな嬉しい反応をいただいています。

ヤッホーブルーイングのファンから贈られた、製品の缶をもとに手づくりされたグッズの数々。同社のビール、そしてスタッフに対する並々ならぬ愛が感じられる

「熱量が高いファン」を増やしていく

――ビール愛好者をヘビーユーザーに変えていくために、最も注力していることは何でしょうか。

井手
かつてはヘビーユーザーを「熱狂的ファン」と呼んでいたのですが、大人数で「ワー!」と盛り上がっているシーンを想起させるので違和感がありました。なかには、沸々と湧き上がる思いを秘めながら、我々のビールを静かに愛しているファンもいらっしゃるからです。そういう方も含め、近年は「熱量が高いファン」と呼んでいます。

ファンの熱量の高さを、アンケート調査をもとに上位から「すっかりハマっている」「愛着を感じながら飲んでいる」「好きで飲んでいる」「悪くないと思いながら飲んでいる」「なんとなく飲んでいる」の5段階に分類し、上位の2つを「熱量が高いファン」と位置づけています。調査を続けると、何をきっかけに熱量が高くなっていくのかが見えてきました。この検証結果をもとに、ある時期には、例えば「悪くないと思いながら飲んでいる」ファンを「好きで飲んでいる」に引き上げるための施策を打つ。結果、その方々の熱量が高くなっていく。こういう試みを続けてきました。

ファンイベントに参加したファンの方々から贈られた寄せ書き

熱量が上がる要因はさまざまですが、やはりコミュニケーションの力は大きいです。おいしいビールをお届けするのは絶対条件。その上で、イベントをはじめ多種多様なチャネルでファンとのコミュニケーションを重ねていく。製品への理解を深めていただき、ファンの期待値を超えるサービスを提供していく。結果的に、ヤッホーブルーイングのビールを、さらにはヤッホーブルーイングという企業を好きになる。こういった段階を経て、「熱量が高いファン」が増えています。(第3回へつづく)

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井手 直行(いで なおゆき)/ニックネーム:「てんちょ」
株式会社ヤッホーブルーイング 代表取締役社長/よなよなエール愛の伝道師
1967年生まれ。福岡県出身。国立久留米工業高等専門学校卒業。大手電機機器メーカー、広告代理店などを経て、1997年、ヤッホーブルーイング創業時に営業担当として入社。地ビールブームの衰退で赤字が続く中、インターネット通販業務を推進して2004年に業績をV字回復させる。2008年、社長に就任。著書に『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』(東洋経済新報社,2016年)。