NPO法人NELIS 代表理事 ピーター・D・ピーダーセン氏/日立製作所 谷崎正明
2023年3月28日に日立の研究開発グループが開催した、協創の森ウェビナー「環境への配慮と豊かな食生活の両立」。NPO法人NELIS代表理事 ピーター・D・ピーダーセン氏と日立製作所研究開発グループ 谷崎正明による対談の最終回では、世界で起きている農業と漁業の大きな変化、そして日本の産業の可能性について語っていただいた。

「第1回:『食の環境問題』の現在地」はこちら>
「第2回:『食のイノベーション』を育む土壌づくり」はこちら>
「第3回:農業と漁業を『再発明』する」

農業と漁業を「スマートな産業」へ

谷崎
先ほどピーダーセンさんが挙げられた「イノベーションが必要とされる4つの領域」とはすなわち社会課題であり、見方を変えれば新たなビジネスチャンスとも捉えられます。

ピーダーセン
ご指摘のとおりです。世界のイノベーションの潮流を俯瞰すると、次の7つのトレンドがあります。「新しい都市像」「農業と漁業の『再発明』」「無からエネルギーを生む」「行動変容のためのアプリとAI」「リペア・リユース・リターナブル」「材料革命」「ゼロウェイストのショップとレストラン」。その中から、「農業と漁業の『再発明』」に焦点を当てたいと思います。

今、農業と漁業をスマートな産業に変えようという取り組みが世界各地で起きています。例えば、Infarmというドイツのスタートアップは垂直農法(※1)でFaaS(Farming-as-a-Service※2)の提供をめざしています。また、都市部の室内での農業生産を可能にする「野菜工場」も世界中で増えていますし、再生型の「オーシャン・ファーミング(海水農場※3)」の取り組みがアメリカを中心に起きています。単なるナチュラル志向の農業とは異なり、ITが非常に重要な役割を担っているのです。そのほか、アフリカでは農家の資金力を強化するために新たなITツールの導入が進むなど、世界ではアグリテックが非常に大きな成長フィールドになっています。

※1 高層建築物 の階層や高層の傾斜面を使用して、垂直的に 農作業を行う方法。
※2 SaaSのように必要なときに必要な機能だけを使用することで、低コスト・高効率に農業をできるサービス。
※3 海水を利用し、海上で野菜などを育てる農法。

ピーター・ピーダーセン氏

再び日本に目を向けると、農業と漁業は今まさに分岐点に直面していると言えます。これまでの農業、漁業は「オールド」「ローテク」「汚い」というキーワードが想起される、発展性に乏しい産業だと思われていました。これからは「IT」「ナチュラル」「オーガニック」「regenerative」というキーワードが想起されるとともに、「スマート」かつ「ヤング」で「ITドリブン」による「都市型」の農業、漁業にシフトしていくのではないでしょうか。「オーガニックか、ハイテクか」といった二択ではなく、それらを融合させることで農業と漁業の「再発明」が可能になる。世界各地の動きを見ていると、農業と漁業の将来に対して期待を抱かずにいられません。

日本が発揮すべき「セカンド・ラウンド・リーダーシップ」

横林
日本で食のイノベーションを起こすために、乗り越えるべき課題は何でしょうか。

ピーダーセン
31年間日本で暮らしてきてつねづね気をつけなくてはいけないと感じるのは、「情報鎖国」あるいは「情報獲得の周回遅れ」に陥るリスクです。また、組織が大きくなればなるほど前例主義に囚われてしまい、新しいことになかなか取り組めないケースが多い。また、手続きの多さへの疲弊や、やや強い表現になりますが「がんじがらめ管理思考」に陥りがちな点も、日本の組織のイノベーション創出を阻んでいるように思います。

一方で、日本は大きな可能性も秘めています。産業界や行政といった異なるエコシステム同士が強固に連携することで、どんどんブレイクスルーが生まれるのではないか――そんな期待をわたしは持っています。

日本の産業は1990年代以降、一種の行き詰まり感が拭えていないように見えます。「サステナブル」というテーマが世界で注目を集めている今、ブレイクスルーを図る絶好の時期に日本はいます。EUのように世界に先んじて未知の領域に踏み込むスタイルのリーダーシップはなかなか執れないかもしれませんが、世界の進むべき方向性が定まったときに求められるリーダーシップ――「セカンド・ラウンド・リーダーシップ」とわたしは呼んでいます――こそ、日本が発揮すべき力なのではないでしょうか。

谷崎
我々日立としても、多様なステークホルダーと協創することで、さまざまな困難を打開していけたらと考えています。「世界から見た日本」というピーダーセンさんならではの視点から示唆に富むお話をいただき、本日はたいへん有益なディスカッションができました。イノベーションの創出に向け、だれもが参加できるプラットフォームの必要性を改めて理解できましたし、わたし自身も消費者としてのマインドセットの変革に取り組む必要性を改めて認識できました。

日立 谷崎正明

横林
食の環境問題の解決に向け、クリアすべき課題はまだまだありますが、日本が持つ可能性についても再認識できたと思います。お二人とも、本日はありがとうございました。

関連リンク Linking Society

■プログラム1
「食を取り巻く環境問題」
■プログラム2
「テクノロジーで切り拓く食の未来」
■プログラム3
「これからの食の豊かさへの物差し」

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ピーター・D・ピーダーセン(Peter David Pedersen)
NPO法人NELIS代表理事
1967年、デンマーク生まれ。コペンハーゲン大学文化人類学部卒業。高校時代に日本に留学したことをきっかけに、のべ30年以上を日本で過ごす。大手企業や大学、経済団体、省庁などのCSR・環境コンサルティングやサステナビリティ戦略支援に従事。現在、若手リーダーを育成するNPO法人NELIS代表理事のほか、大学院大学至善館専任教授、株式会社トランスエージェント会長を務める。著書に『しなやかで強い組織のつくりかた ―21世紀のマネジメント・イノベーション―』(生産性出版,2022年)、『SDGsビジネス戦略-企業と社会が共発展を遂げるための指南書-』(日刊工業新聞社,2019年,共著)ほか多数。

谷崎正明(たにざき まさあき)
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ センタ長
1995年に日立製作所に入社後、中央研究所にて地図情報処理技術の研究開発に従事。2006年よりイリノイ大学シカゴ校にて客員研究員。2015年より東京社会イノベーション協創センタ サービスデザイン研究部部長として顧客協創方法論をとりまとめる。2017年より社会イノベーション事業推進本部にてSociety5.0推進および新事業企画に従事したのち、研究開発グループ 中央研究所 企画室室長を経て、2021年4月より現職。

横林夏和(よこばやし かな)
日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 社会イノベーション事業統括本部 主任
日立製作所に入社後、ITプロダクツの販売戦略立案やパートナービジネスを推進。その後、社会イノベーション事業統括本部にて、スマートシティやヘルスケア関連の新事業開発のほか、コミュニティやステークホルダーとのリレーション強化による社会課題解決型の次世代事業開発に従事している。

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