NPO法人NELIS 代表理事 ピーター・D・ピーダーセン氏/日立製作所 谷崎正明
昨今、食を取り巻く環境問題が注目され、生産者から消費者までさまざまなステークホルダーが変化を迫られている。しかし、一人ひとりの生活において重要なファクターである食を変えることは容易ではない。環境に配慮しながら豊かな食生活を維持するために、企業や生活者にできることは何か――。そのヒントを探るため、日立の研究開発グループは2023年3月28日、協創の森ウェビナー「環境への配慮と豊かな食生活の両立」を開催した。その中から、NPO法人NELIS代表理事 ピーター・D・ピーダーセン氏と日立製作所 研究開発グループ 谷崎正明による対談を3回にわたってお届けする。まずは、食を取り巻く環境問題の現況について語っていただいた。

「第1回:『食の環境問題』の現在地」
「第2回:『食のイノベーション』を育む土壌づくり」はこちら>
「第3回:農業と漁業を『再発明』する」はこちら>

「環境問題を意識した食」が登場した背景

横林
ナビゲーターの日立製作所 横林夏和と申します。本日は「環境への配慮と豊かな食生活の両立」と題し、NPO法人NELIS 代表理事のピーター・D・ピーダーセンさんと、日立製作所の谷崎正明による対談をお届けします。

ピーダーセン
よろしくお願いします。わたしはデンマークに生まれ、31年前から日本に住んでいます。1995年から主にコンサルタントとして環境経営の支援に取り組み、現在は次世代のリーダーを育てるNPO法人NELISの代表理事をはじめ、大学院大学至善館教授、株式会社丸井グループと明治ホールディングス株式会社の社外取締役を務めています。

谷崎
日立製作所 研究開発グループで社会イノベーション協創センタ長を務めている谷崎正明です。技術を用いていかに社会に貢献していくか、技術によって社会がどう変化していくかという観点から、日々研究に取り組んでいます。本日はよろしくお願いします。

左からナビゲーターの日立 横林夏和、NPO法人NELIS 代表理事のピーター・D・ピーダーセン氏、日立 谷崎正明

横林
昨今、食に対する世の中の注目度が高まっています。例えば、昆虫のパウダーを使ったお煎餅やチョコレートといったお菓子がお店で手に取れるようになり、ときには品薄になる事態も起きています。わたしたちにとって身近なものになりつつある「環境問題を意識した食」を、お二人はどのようにご覧になっていますか。

谷崎
あまり知られていないかもしれませんが、わたしたちは日頃の食生活を続けていくだけで環境に負荷を与えています。例えば、人為的に排出される温室効果ガスの14.5%は畜産業で発生しており、その約6割が牛肉や牛乳にまつわるものです。近年、牛肉の生産による温室効果ガス排出を抑えるために「大豆ミート」を使用したハンバーガーが登場するなど、植物由来の代替肉の需要が増えています。

こういった食の環境問題への興味を若い世代の方々に持っていただくために、日立は京都大学と共同で教育コンテンツを作成し、議論に用いたり発信したりといった活動を展開しています。例えば、輸入に頼る食生活が続いた場合、将来的に食のメニューがどう変化していくのか。炭素税が課されることで、牛肉や魚を使用したハンバーガーがどのくらい値上がりするのか。大豆や昆虫から作った代替肉のハンバーガーならどのくらいの値段になるのか――XR(※)技術を活用した刺激的な疑似体験を通じ、若い世代の環境への意識向上に取り組んでいます。

※ XReality (クロスリアリティ):VR (Virtual Reality) やAR (Augmented Reality) 、MR (Mixed Reality) など、現実世界と仮想世界を融合して新しい体験を作り出す技術の総称。

「Regenerative」な農業が求められる時代

ピーダーセン
食や農業の営み方と環境は密接に関係しています。少し先の未来、2030年~2050年に目を向けると、世界の食料システムは供給側、需要側を問わず非常に大きな課題に直面すると言えます。

この図の中心に示されているように、WATER、ENERGY、FOODは相互依存しています。食料を供給する側としては、2050年までに2010年比で+56%のカロリーを生産しないと全人口を養えません。また、仮に技術革新が続いたとしても、農業のために5億9,300万ヘクタールの土地が新たに必要です。インドの総面積の約1.8倍に当たる広さです。

食料システムによるCO2排出量が地球全体の3割弱を占めている点も見逃せません。また、メタンガスの排出も大きな課題となっています。一方で、全食料生産の1/3が食されることなく捨てられているという事実があります。

NPO法人NELIS代表理事 ピーター・D・ピーダーセン氏

こうした状況下で、数年前から、再生や修復を意味する「Regenerative(環境再生型農業)」が世界的なバズワードとなっています。食料の供給側自ら生態系を修復する側に回る「Regenerative」な取り組みが、大きなイノベーションフィールドとして注目されているのです。今世紀後半に人類100億人時代が訪れると言われている中、十分な食料を供給しながら、生態系を破壊することなく水もエネルギーも循環できる社会を構築するために、この「Regenerative」な取り組みが求められています。(第2回へつづく)

関連リンク Linking Society

■プログラム1
「食を取り巻く環境問題」
■プログラム2
「テクノロジーで切り拓く食の未来」
■プログラム3
「これからの食の豊かさへの物差し」

「第2回:『食のイノベーション』を育む土壌づくり」はこちら>

ピーター・D・ピーダーセン(Peter David Pedersen)
NPO法人NELIS代表理事
1967年、デンマーク生まれ。コペンハーゲン大学文化人類学部卒業。高校時代に日本に留学したことをきっかけに、のべ30年以上を日本で過ごす。大手企業や大学、経済団体、省庁などのCSR・環境コンサルティングやサステナビリティ戦略支援に従事。現在、若手リーダーを育成するNPO法人NELIS代表理事のほか、大学院大学至善館専任教授、株式会社トランスエージェント会長を務める。著書に『しなやかで強い組織のつくりかた ―21世紀のマネジメント・イノベーション―』(生産性出版,2022年)、『SDGsビジネス戦略-企業と社会が共発展を遂げるための指南書-』(日刊工業新聞社,2019年,共著)ほか多数。

谷崎正明(たにざき まさあき)
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ センタ長
1995年に日立製作所に入社後、中央研究所にて地図情報処理技術の研究開発に従事。2006年よりイリノイ大学シカゴ校にて客員研究員。2015年より東京社会イノベーション協創センタ サービスデザイン研究部部長として顧客協創方法論をとりまとめる。2017年より社会イノベーション事業推進本部にてSociety5.0推進および新事業企画に従事したのち、研究開発グループ 中央研究所 企画室室長を経て、2021年4月より現職。

横林夏和(よこばやし かな)
日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 社会イノベーション事業統括本部 主任
日立製作所に入社後、ITプロダクツの販売戦略立案やパートナービジネスを推進。その後、社会イノベーション事業統括本部にて、スマートシティやヘルスケア関連の新事業開発のほか、コミュニティやステークホルダーとのリレーション強化による社会課題解決型の次世代事業開発に従事している。

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