糸井重里氏 株式会社ほぼ日 代表取締役社長/山口周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
「遊び」を起点に考えることの大切さを訴える山口氏の言葉を受け、お金について考えることから逃げてきたと話す糸井氏。お金にならない無駄なことも、後になって無駄でなくなることもある。採点はしない方がいいと言う。

「第1回:『一番嫌じゃないものを選ぼう』」はこちら>
「第2回:『近いんだけど、ちょっと違うんだな』」はこちら>
「第3回:問われるのは『無駄をした後をどう生きるか』」
「第4回:稀代の経営者から学んだ『質問返し』の経営」はこちら>
「第5回:『羨ましくないもん』という佇まい」はこちら>

「何がおもしろいのか」で判断したい

糸井
前回のアップル社のお話を聞いて思ったのは、トップのジョブズも、それに反抗する社員も、それぞれが自分の抱いた幻想みたいなものを簡単に捨てていなかったことが、あの会社のすごさなんですよね。そういうことが、もっとできないのかな、と思います。今の日本社会を覆っている閉塞感のようなものって、「自分の考えは自分一人だけのものだから、どうせ誰にも通用しないよ」とみんなが思い込んで忖度し合って、「100人が納得するものをまずつくらないと」みたいに考えてしまっていることが原因かもしれない。

そうではなくて、「誰にも通用しないオレだけの冗談と思っていたことが、投げてみたらあちこちで笑いが起きたな」ということが本当は大事なんじゃないかと。

山口
本当にそう思います。

糸井
そういうことをやりたいですよね。

山口
糸井さんのご著書を今回またいろいろ読み返してみて、「遊び場」をつくることの大切さを改めて感じているところです。糸井さんと同時期に広告業界で活躍されていた方々ってみんな遊びや遊び場をつくるのがすごく上手だった気がしています。

それと共通項を感じたのがFacebookです。あれはもともとマーク・ザッカーバーグがハーバードの学生だった当時、いけないことですが、大学のコンピューターをハッキングして抜き出した顔写真データを使って自分たちで遊ぶゲームをつくったことが始まりなんですよね。バレたときは当然、大学から大目玉を食らって退学の瀬戸際までいったそうですが、ちょっと仕立て替えすれば学生の交流サービスに使えるよね、ということになってサービスを始めたら、あれよあれよという間にユーザーが広がって2年後ぐらいに会社にしている。

ですから遊び、あるいは糸井さんの言う「オレだけの冗談」から出発しているわけですね。翻って日本の現状を考えると、起業しようとしたらマネタイズとか、事業性とか、成長戦略とか、最初からきっちり詰めないと動けないじゃないですか。でも、この20年、30年、そういうスタートで本当にいいものがどれだけ出てきたのか。

糸井
そうですよね。みんながやれるに決まっていることに手を出して競争している、みたいなことを感じます。

山口
糸井さんも会社を個人事務所から出発した当時は、どうやって儲けるかなんてまったく予想していなかったのですよね。

糸井
できなかったんです。今は経営者という立場だから何も分かりませんとは言えないけれど、クリエイティブなことをするには分からないほうがよかった。どっちが儲かるかという判断ができると、人間、得を取るほうに行くのが当たり前です。だからフリーの頃は、むしろあんまり数字を読めるようにならないほうがいいと思って、損得関係なく「何がおもしろいのか」で判断できる姿勢を持ち続けるようにしていました。よく若い人に話しているのは、その頃、妻が不動産の広告を見ているのが嫌だったんです。「マンションを買うつもりかな」と思うと、「だとしたらこれだけ稼がないといけない」と計算してしまうのが嫌だった。危ないと思った(笑)。

山口
すごい話ですね、それは(笑)。

糸井
稼ぐことを考えると、やっぱりどうしても得なほうを選びたくなってしまうし、「こっちのほうが家族や社員を安定させられるな」と思ってしまう。だから今は、社長をやっている自分っていうのを早く解き放ちたい気持ちはありますね。

無駄かどうか採点しないほうがいい

山口
『お金をちゃんと考えることから逃げ回っていたぼくらへ』というご本も出されていましたね。でも糸井さんが考えないというのは、お金に興味がないわけじゃなくて、興味があるからこそ距離の取り方に注意しているのではないかと感じました。クリエイターとしてはお金にこだわらない仕事をすることも重要だと思いますけれど、上場企業の社長としてはお金について考えないと言うことはなかなか難しいじゃないですか。

糸井
だから今はお金を見ざるを得ないし、見ているから、ここはこのくらい抑えておこう、みたいなことをいつも考えています。それはもしかしたら、この会社の爆発力を削いでいるのかもしれない。

文学的な言い方になるけれど、「苦手だ」ということの中には「とても好きだ」が入っていると思います。ですから、「その話はオレにしないでくれ」って言う人は、やっぱり強い興味がありすぎるんだと思う。だから、お金を見ないというのは美意識というか、僕の幻想ですよね、個人的な。

山口
でも、お金にならない無駄なことや、役に立たないことが実は大切だ、ということはありますよね。これは最終的にセンスということになるのかも分からないですけど、実のある無駄なこと、実のある役に立たないことを取り込めなくなると、人も会社も枯れてしまうんじゃないかと思います。

糸井
痩せますよね。

山口
ただ、本当の無駄と実のある無駄の区別が非常に難しい。糸井さんもコピーライターとして活躍されながら『ガロ』でいろんなことをやられていたりしましたよね。

糸井
まさしくお金にならない「タダ」の仕事でした。

山口
そういうことをやめてコピーライターの本業に専念すればもっと稼げたわけで、普通はそのインセンティブに絡め取られてしまいます。最近は特にそういう人が増えている気がして、そうしないことに一種の知性、かっこいい言葉で言うとディシプリンがあると思います。一方で本当の無駄というのもありますよね。ご自分の経験から、これは実のない無駄だったな、と思うことはおありですか。本当の無駄と、無駄なようで無駄でないことの峻別には何かコツがあるんでしょうか。

糸井
いやぁ、そのときは本当に無駄だと思っていても、あとで「あれも無駄じゃなかった」と思えることもけっこう多いんですよ。

山口
そうですか。つまり難しいと。

糸井
難しいです。それは、無駄をすることよりも、「無駄をした後をどう生きるか」のほうが実は問われているから。やっていることが無駄かどうかの採点は、あまりしないほう
がいいのかもしれないと思います。

山口
やっぱり「やってみたい」とか、「おもしろそう」と思うかどうか。

糸井
いや、つまんないと思いながらやっていることも山ほどあります(笑)。(第4回へつづく)

「第4回:稀代の経営者から学んだ『質問返し』の経営」はこちら>

糸井 重里(いとい・しげさと)
1948年、群馬県生まれ。株式会社ほぼ日 代表取締役社長。1979年東京糸井重里事務所設立、コピーライターとして数々のコピーをヒットさせるとともに、作詞やエッセイ執筆、ゲーム制作など多彩な分野で活躍。1998年に開設したウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」では、「ほぼ日手帳」をはじめ「ほぼ日のアースボール」、「ほぼ日の學校」などさまざまなコンテンツを手がける。「株式会社 ほぼ日」に改称、2017年ジャスダックに上場した。
『インターネット的』(PHP新書、2001年)、『ほぼ日刊イトイ新聞の本』(講談社、2001年)、『思えば、孤独は美しい。』(ほぼ日、2018年)など著書・共著多数。最新著は『生まれちゃった』(ほぼ日、2023年)。

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。