糸井重里氏 株式会社ほぼ日 代表取締役社長/山口周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
仕事について言葉で指示しないという糸井氏。その理由を「思考停止」を避けるためだと話す。会社を本当に動かしているのは誰なのかという糸井氏の問いかけに対し、山口氏はアップル社のiPhone開発を例にとって分析する。

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「第2回:『近いんだけど、ちょっと違うんだな』」
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言葉は目が粗いもの

山口
会社の理念というのは、一般的に言葉で語るものですね。他方で糸井さんは「言葉は怖い」ということもおっしゃっています。

言葉の怖さということの一つに「呪い」があります。実際、陰陽師などは呪文、つまり言葉で呪いをかけたり返したり解いたりする。言葉によって人を呪縛するわけですよね。つまり、呪いは「人から自由を奪う言葉」で、言葉によって思考や行動が制限されてしまう。

最近、ビジネスの世界ではパーパスやビジョンが大事だと言われて、それを言葉にするわけですが、これも気をつけないと呪いになってしまう可能性があります。ピクサー元社長のエドウィン・キャットマルは企業ビジョンが嫌いなのだそうです。なぜならビジョンを明確にすると、それが答えだと思ってみんな思考停止になってしまうからだと。

以前、篠田さんに糸井さんについて伺ったときに、「糸井さんはなかなか言葉にしてくれないんです」とおっしゃっていたのが印象に残っています。糸井さんからやってほしいことを言われて「こういうことですか?」と篠田さんが聞くと、「近いんだけど、ちょっと違うんだな」って糸井さんがおっしゃる。そういうやりとりを何度も繰り返すのだと。

糸井
はい(笑)。

山口
でも私はそれを聞いたときに、糸井さんの言葉に対する意識の強さを知ったような気がしました。言葉って本質的にものすごく目が粗いですよね。言葉によるコミュニケーションは、例えるなら150mLと1Lの目盛りしかない計量カップを使って繊細な料理を作るみたいな感覚があります。もちろん言葉の組み合わせによってコミュニケーションの精密度を高めることはできますが、言葉の本質的な目の粗さが、呪いや思考停止を招くのではないかと思います。

糸井さんはずっと言葉で勝負する仕事をされてきただけに、自分が伝えたいことに対していかに言葉が不足しているか気づいてしまうので、言葉になかなかできないし、することの怖さというのを感じていらっしゃるのではないかと思うのですが。

糸井
そうだと思います。思考停止したほうが効率はよくなるんですよ。「これをやればいいんですね」って言えるから。ただ、いろいろな会社を見ていると、仕事内容を人月と納期と予算に置き換えて把握して、それぞれが見込み通りにいけば完成する、という仕事の仕方をしているところが多い。だから目的を効率よく達成するのは上手なんだけれど、目的を外れて考えることや、言葉や数字にできないものから何かを生み出すということがないんですよね。

言葉や数字で目的を明示すると、その途端、自分はそれを遂行するための単なる労働力になってしまう。それはつまんないでしょう。僕が思う仕事って、あらかじめセットになった部品を組み立てるようなものじゃなくて、想定外の要素があれば取り込みながら創造していくものです。まさしく山口さんがおっしゃっている「アート」ですよ。

山口
アートは非予定調和的ですからね。

会社で重要なのは社長なのか

糸井
言葉にしないということは、「僕も分からないことを一緒にやりましょう」ということでもあるんです。その意味では、ほぼ日はリモートワークだけでは回らない会社です。

山口
そうでしょうね。よくあるアナロジーですが、ジャズのセッションでは、なんとなくこんなフレーズでやろうというのがあって、それぞれが自由度をもって演奏することで曲になっていきます。ほぼ日はそういうジャズ的な運営をされているのかな、と。

糸井
そうできたらいいですね。それぞれがプロのプレーヤーとして持つものをセッションで足し合わせて、いいものが確実に生み出せるというのは素晴らしいチームでしょうね。
楽譜に書いてあることって言葉にとても似ていて、楽譜を見れば全員が同じ音を出せるわけではないですよね。楽譜には書いてない、あるいは書けないニュアンスがある。それを「ここはなぁ、教えられないんだよなぁ」なんてプロの人は言い合っているわけです。

山口
そうですね。

糸井
「言葉にしない」という僕の体質が会社の推進力になっていたのであれば、とてもありがたいことですが、同時に、会社にもある種の作家性があるのなら、社長が代わるとどう変わるのか、考えることもあります。会社で本当に重要なのは社長なのか、というのも考えるとおもしろい問題です。会社を動かしているのは経営者と呼ばれる人たちだけだと一般的には思われている。でも、例えばスティーブ・ジョブズがやっていたことって、いわゆる「経営」なんだろうか。それとも「そうじゃなくてさ」と言うことなんだろうか。

山口
スティーブ・ジョブズは「アップルの製品は全部自分が考えた」みたいなことを後から言うのでややこしくなるんですけど、アップル社内の正確な記録を読むと、まずiPhone のアイデアを出したのは若手の人です。スティーブ・ジョブズはiTunesのアイデアも含めて最初は反対していた。絶対やるべきだと主張する社内の人たちと何度も、何年もやり合った挙げ句、ある日突然、ジョブズが発案者に「君のほうが正しい」とメールを送ってきたそうです。推進チームはジョブズが認めていない段階からずっと水面下で開発を続けていたので、そこから先は一気に進んだ。

ですから、会社ってガバナンスがあり、指揮命令系統があり、経営計画があり、みんなそれに沿ってビシッと動いているというのが理想だとすると、経営者が認めていない製品の開発を続けているなんてガバナンスの不在だと非難されるでしょう。だけどそれがなかったらiPhoneは世に出ていなかった。

糸井
それがチームのおもしろさですよね。

山口
そうですね。スティーブ・ジョブズの先見性は、自分よりも先見性のある人たちをたくさん雇っていて、その先見性をプロダクトに結びつけたことにある。そして、言うことを聞かない人たちのパーソナリティも尊重するような企業体質をつくったことが、本質的な彼のすごさだと思います。

だから会社を動かしているのは経営者だけれど、経営者だけでも会社は動かない。糸井さんのおっしゃる「チーム」が会社の理想像なのではないでしょうか。(第3回へつづく)

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糸井 重里(いとい・しげさと)
1948年、群馬県生まれ。株式会社ほぼ日 代表取締役社長。1979年東京糸井重里事務所設立、コピーライターとして数々のコピーをヒットさせるとともに、作詞やエッセイ執筆、ゲーム制作など多彩な分野で活躍。1998年に開設したウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」では、「ほぼ日手帳」をはじめ「ほぼ日のアースボール」、「ほぼ日の學校」などさまざまなコンテンツを手がける。「株式会社 ほぼ日」に改称、2017年ジャスダックに上場した。
『インターネット的』(PHP新書、2001年)、『ほぼ日刊イトイ新聞の本』(講談社、2001年)、『思えば、孤独は美しい。』(ほぼ日、2018年)など著書・共著多数。最新著は『生まれちゃった』(ほぼ日、2023年)。

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。