株式会社 日立製作所 サービスプラットフォーム事業本部 場家康雄/森岡俊行
サプライチェーンを取り巻く環境が変わってきた。パンデミックや戦争といったグローバルに影響を及ぼすリスクへの迅速な対応に加え、ESG経営を推進する顧客ニーズへのきめ細かな配慮が求められている。このような時代の要請に応えることで日本の産業の成長に貢献しようと、日立は「サプライチェーンコーディネーションサービス」構想を掲げた。プロジェクトをリードしている森岡俊行、ソリューション開発を担っている場家(ばっけ)康雄の2人に話を聞いた。

「第1回:ESGリスクと過剰在庫問題」
「第2回:サプライチェーンのデジタルツイン」はこちら>
「第3回:新たな取引先と出会える場」はこちら>

BCP管理の対象は「サプライチェーン全体」へ

――日立は、サプライチェーンを強靭化することで企業の環境価値と経営効率の向上を両立させる「サプライチェーンコーディネーションサービス」構想を掲げています。近年、サプライチェーンを取り巻く環境にどんな変化が起きているのでしょうか。

森岡
プロジェクトを統括している、日立の森岡俊行と申します。2021年版の『ものづくり白書』では、日本の産業が今後強化すべき方向性をいくつか挙げています。その1つが「レジリエンス」、つまりサプライチェーンの強靭化なのです(※)。

※ このほか強化すべき方向性として「グリーンーカーボンニュートラルへの対応―」、「デジタルーDXの取組深化―」と続く。

日立 森岡俊行

ここで言うレジリエンスが意味するのは、サプライチェーンにおいてモノや情報の流れが寸断されてしまう事態を防ぐことです。レジリエンスが叫ばれるようになった背景にあるのは、大規模な自然災害に代表される地球規模の不測の事態です。特に近年では、コロナ禍をはじめとするパンデミックや地政学上の問題も起きています。また、SDGsへの取り組みやESGリスクへの配慮の高まりを受け、バイヤーの先にいるTier1(一次サプライヤー)だけでなく、さらにその先のTier2、Tier3のサプライヤーも含めたBCP(※)管理が顧客から求められています。

※ BCP:Business Continuity Planning 事業継続計画

一方で近年、ITベンダーが開発したSCM(※)システムが普及しつつありますが、日系企業の多くはこれまで自前で作り込んだシステムに慣れ親しんできたため、パッケージ化されたSCMシステムをいまだに使いこなせていません。また、BCP管理と言っても社内の改善活動にとどまり、サプライチェーン全体には意識が行き届いていませんでした。こうした状況の改善に、多くの企業が取り組み始めた段階です。

※ SCM:Supply Chain Management

――顧客が取引先を選定する際に、ESG経営の観点から重視しているのはどんな点でしょうか。

森岡
地球環境に配慮した製品・サービスを扱っているかどうか。そして、人権に配慮した労働環境かどうか。この2点を重視している企業が多いです。とりわけ地球環境に関しては、欧州や中国で法規制が整備されつつあります。バイヤーにせよサプライヤーにせよ、ビジネスを進めるうえで環境リスクへの配慮は避けて通れない道となっています。

日立も直面したサプライチェーンの「ムリ・ムダ・ムラ」

――サプライチェーンを取り巻く社会情勢が変化していくなか、日立でサプライチェーンコーディネーションサービス構想が生まれたきっかけは何だったのでしょうか。

場家(ばっけ)
本サービスのソリューション開発を担当している日立の場家康雄と申します。構想のきっかけになったのは、数年前に社会問題となった食品や衣類の廃棄ロスです。さらに、同じタイミングでSDGsが世界的に注目されるようになりました。製造業の側面を持つ日立としても、メーカーの皆さまのお役に立てることはないかと模索し始めました。

日立 場家康雄

また、本サービスの基盤となる「TWX-21(※)」のユーザー企業から次のようなお悩みが寄せられるようになりました。冒頭で森岡から申し上げたような地球規模のリスクが生じると、どの製品をいつまでにどのくらい必要なのかという情報が分断されてしまい、タイムリーな取引ができない状況が続きます。結果、どうにか人海戦術で大量の製品を短期間に準備せざるを得ない緊急対応や、あるいはそういう事態に備えるために過剰に在庫を積み上げるといった非効率な対応が常態化しています。この問題の解消をめざすために、一企業同士の取引ではなくサプライチェーンそのものの改善に着目しました。

※ 日立が1997年から主に製造業向けに提供している、クラウド上での企業間取引をサポートするプラットフォーム。

――日立も製造業として、サプライチェーンの課題に直面していたのでしょうか。

場家
2008年のリーマンショックの直後、日立は当時日本の製造業史上最大と言われた赤字を計上し、創業以来の経営不振に陥っていました。自社改革が喫緊の課題とされるなかで製造部門が着手したのが、長年問題となっていた過剰在庫をはじめとする「ムリ・ムダ・ムラ」を解消する改革でした。この頃に日立のSCMの改善ノウハウを盛り込んで開発したITツールが、サプライチェーンコーディネーションサービスの原型となっています。

要するに、TWX-21のユーザー企業が共通して抱えていらっしゃるサプライチェーンの問題に、日立もずっと悩まされてきたのです。急なニーズに対応するために、人海戦術というムリを押して原料を調達してくる。製品がいつどれだけ必要になるかわからないので、過剰在庫というムダを備える。タイミングによって業務のクオリティにバラつきというムラが生じる。こういった「ムリ・ムダ・ムラ」が慢性的に発生していました。

――人権問題や環境問題といったESGリスクへの配慮という点では、どんな対応に追われていましたか。

森岡
日立が取引先に何かご迷惑をおかけしたという事態はなかったのですが、2020年から2021年にかけて少数民族の強制労働疑惑が世界的なニュースになったときに、「日立の製品に関する労働環境は人権を侵害していません」というエビデンスの提出をお客さまから求められました。一次サプライヤーまでの情報なら日立も持っていますが、直接取引のない二次、三次のサプライヤーについては各社に調査を依頼するしかありませんでした。この経験から、ESGリスクをはじめとする問題がサプライチェーンのどの部分で起きているかを、正確に見極められるしくみを構築する必要性を強く感じていました。(第2回へつづく)

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森岡俊行(もりおか としゆき)
株式会社 日立製作所 サービスプラットフォーム事業本部 マネージドサービス事業部 部長
2004年、日立製作所に入社。企業間取引を支援するクラウドサービス「TWX-21」を牽引する部署にて、一貫してサプライチェーンマネジメントシステムの企画・開発に従事。2015年から上海拠点にて中国でのクラウドサービス事業の立ち上げとサプライチェーンマネジメントのコンサルティングを経験したのち、2020年より現職。サプライチェーンコーディネーションサービスのプロジェクトチームを統括している。

場家康雄(ばっけ やすお)
株式会社 日立製作所 サービスプラットフォーム事業本部 マネージドサービス事業部 主任技師
1995年、日立製作所に入社。情報通信事業部にて、通信関連のソフトウエア開発やプロジェクトマネジメントに従事し、米国駐在も経験。2014年から在庫管理システムの開発に携わり、IoT領域において顧客企業との協創に貢献。2019年より現職。サプライチェーン関連の新規サービス立ち上げとサプライチェーンコーディネーション構想を担当している。