株式会社 日立製作所 執行役常務 谷口潤/帝京大学スポーツ局局長 岩出雅之氏
2021年度全国大学ラグビーフットボール選手権大会で10度目の優勝を果たし、26年間の帝京大学での監督生活に区切りをつけた、現・帝京大学スポーツ局局長 岩出雅之氏。そしてラグビーを愛し、岩出氏を敬愛し続けてきた日立製作所 執行役常務 谷口潤との対談。第3回は、フラットな環境で育ってきたZ世代のマネジメントについて。

「第1回:レジェンドとの対面」はこちら>
「第2回:ウェルビーイングという気づき」はこちら>
「第3回:Z世代のマネジメント」
「第4回:VUCAの時代のデジタルの役割」はこちら>
「第5回:アウトローの自己改革」はこちら>

デジタル事業の拠点、シリコンバレーの多様性

岩出
谷口さんは、今シリコンバレーにおられるということですが、日立という大きな組織の中でどういったことをされているのか、少し詳しく教えていただけますか。

谷口
先ほど自己紹介で、私の現在の役割は日立の中のデジタル事業の司令塔ですと説明しました。日立はさまざまな事業に取り組んでいますが、中にはデジタルとは縁遠いと思われている事業もあります。例えば鉄道などはそうかもしれません。普段当たり前のように利用されている鉄道も、今回のコロナ禍のようなことになりますと、これまでのように車両を高密度でバンバン走らせてお客さまがどんどんと乗ってくることが前提の運行ではロスが大きく非効率です。できれば必要なときに必要な量の車両を走らせて、しかもお客さまを待たせる時間も削減できるスマートな運行を実現したい。そのためには車両の運行だけではなく乗客の人流把握や予測など多様で膨大なデータを、高度なデジタル技術で組み合わせなくてはなりません。見方を変えれば、鉄道事業者様の先のお客さまの動きを把握し、予測できれば、より快適で効率的な鉄道を実現することができるはずです。

このように人の情報を集めて処理するIT、安全な運行を制御するOT(オペレーショナルテクノロジー)、そしてプロダクトの3つを組み合わせることによって、新しい価値が生まれる。デジタルの可能性を広げることによってさまざまな社会課題が解決できるようになり、それが新しい機会をつくりだすことにつながります。

シリコンバレーという場所は、先端テクノロジーが世界中から集まってくる拠点になっています。日立デジタル社は、そこに身を置いて世の中の一番新しい技術を組織で体感し、日立のさまざまな事業に埋め込んでいくという役割を担っています。

岩出
シリコンバレーには、最先端のテクノロジーとともにさまざまな人間が集まっているわけですか?

谷口
はい。国籍も宗教も異なれば、キャリアも年齢もバラバラの人たちが世界中から集まっています。私の役割は、その多様なメンバーがそれぞれに持っている能力、意欲を引き出して、チャレンジを歓迎する環境をつくること。そしてその成果を日立の中に取り入れるというところにありますので、先ほどの先生のお話にあった「ウェルビーイング」、「心理的安全性」が重要だということ、成長のための伴走者となって、メンバーが自律的でいられる状態をつくるというお話は本当に共感を覚えました。

そこで先生に伺いたいのは、この多様性についてです。ラグビーはポジションや役割など多様性の象徴のようなスポーツですが、岩出先生の多様性に関する考え方をお聞きしたいです。

Z世代に必要な伴走とは

岩出
僕のところに来る子は大人と子ども、その変化の時期の人たちです。今の社会は少子化ということもあって、すべてが子ども中心で親から怒られたことがない。そのわがままは幼さであって多様性ではありません。4年生から見たら、1年生なんて本当にわがままな新人類です。上級生にはそういった子も歓迎できる能力が必要であり、学生が学生同士の中で学び合えるようなカルチャーをつくっていくことが大切で、それが多様性のインクルージョンだと思います。

ただしZ世代といわれる今の学生は、多様性に対する違和感はほとんどない。われわれの世代だから多様性という言葉をよく使いますが、学生はもう多様性の世代で自然に順応しています。それよりも問題なのは、プロアクティブ(能動的)かリアクティブ(受動的)かということです。今はSNSなどで簡単に人とつながることができますが、深い人間関係というものが苦手です。リアクティブな面が圧倒的に強い。人と関われる力を持った人間になるためには、プロアクティブな面の強化が必要で、そのためには教師や上級生がしっかり伴走する必要があります。

うちはダブルゴールといって「現在のラグビーの目標」と「社会人になった将来の目標」というふたつのゴールを明確にします。自分の将来と照らし合わせて現在の自分を内省することによって、思考や発言、行動をプロアクティブにするためです。プロアクティブを強化することで、リアクティブも強化される。この繰り返し、想定内と想定外の繰り返しこそラグビーであり、VUCAの時代(※)を生きる力だと思います。

※ VUCAの時代:Volatility(不安定)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧模糊)の頭文字を取ったVUCAは、先行きの見えない社会情勢を示すビジネス用語。未来の予測が困難な状況が続く時代。

今の子たちは、失敗することをすごく怖がるのです。だから本人がやったことのないポジションを経験させることで潜在している能力に目を向けさせたり、あえて失敗をさせることで失敗を歓迎するマインドを育てるということもやったりします。

谷口
なるほど。おっしゃる通り、ラグビーの試合で誰かがけがをして急遽違うポジションをやるというのは、VUCAの時代そのものです。

岩出
そうです。例えばラグビーの試合で0対0、ずっと点数を取れないクロスゲームのときに、谷口さんだったらどんな作戦を考えますか?

谷口
そうですね…。まず、心理としてはなんとかして3点でも取りにいきたくなります。

岩出
クロスゲームというのは、どちらも目いっぱいがんばっているからクロスゲームです。大切なのは、この状況をどうとらえるか。有名な『ルビンの花瓶』というだまし絵があります。

見方によって、花瓶にも見えるし向かい合った横顔にも見える。苦しい心理状態のときに、「相手はもっと苦しんでいるよ」という指示を出すことで選手に暗示をかけて、現状の見方を変える。すると、後半圧勝するような変化が起きたりします。

ルビンの花瓶

人間は何を恐れるのかといえば、「不安」です。不安で頭がパニックになってしまうと、どんなに優秀な人でも能力は発揮できません。しかしその状態を楽しめるような発想があると、点がとれているから楽しいだけではなくて、点が入らないことも楽しいと思えるようになってくる。苦しいときに、いかに余裕のある『ルビンの花瓶』を見えるようにするかなんです。

谷口
見方ひとつで、人間は変わることができる。とても面白いです。(第4回へつづく)

「第4回:VUCAの時代のデジタルの役割」はこちら>

岩出 雅之(Masayuki Iwade)
1958年、和歌山県新宮市生まれ。和歌山県立新宮高等学校卒業後、日本体育大学在学中に1978年全国大学ラグビーフットボール選手権大会優勝に貢献。4年時には主将を務める。卒業後、滋賀県教育委員会、滋賀県公立中学校、滋賀県立高等学校教員を務める。県立八幡工業高等学校教員時にラグビー部監督として、同校を7年連続花園出場に導く。ラグビー高校日本代表監督。1996年帝京大学ラグビー部監督就任。2009年度~2017年度全国大学ラグビーフットボール選手権大会において史上初の9連覇を達成。2015年第52回日本ラグビーフットボール選手権大会では、トップリーグチームに勝利を収めた。2022年1月全国大学ラグビーフットボール選手権大会において10度目の優勝を果たし、監督を退任。現在帝京大学スポーツ局局長、スポーツ医科学センター教授。

谷口 潤(Jun Taniguchi)
1995年、株式会社 日立製作所入社。2019年4月、日立グローバルライフソリューションズ社長。2022年4月、日立製作所 執行役常務 サービス&プラットフォーム ビジネスユニット COO /日立デジタル社CEO。