2022年10月21日(金)に開催されたオンラインイベント『楠木建、一問一答』。仕事への構えやキャリアに関する悩み、子育てなど、個人としての生き方、考え方について、読者からさまざまな質問が楠木氏に寄せられた。

「第1回:GDPに代わる指標、など。」はこちら>
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「第4回:教養教育、日本人の英語力、など。」

Q:子どもを「教養ある大人」に育てるために親がすべきことは?

――広告制作会社で働いており、今年3歳になる息子がいます。彼が将来、教養のある大人になるために親としてできること、してはいけないことは何でしょうか。結局は本人次第だと思いますが、もし楠木先生が親として実践されていたことなどあれば、ぜひ教えてください。

楠木
この連載でもたびたび申し上げていますが、僕が考える教養は「自分の頭で考えた価値基準を持っている」ことです。

教育の最上の目的は、その人に自分の頭と言葉で練り上げた価値基準を持たせることだと僕は思います。自分自身でつくった価値基準ですから、それは当然、人と違う。そこに人格の独立という、近代社会の根幹があります。

3歳であればまだ全面的に親に依存しているわけですが、やがて独立の人格を持った大人になる。そのときに、自分の価値基準で判断し行動できるか。これは、「幸せになる」こととほとんどイコールです。価値基準というものは、「何が自分にとって幸せなのか」の判断基準でもあるからです。

質問された方も、親としてお子さんに幸せになってもらいたいと思っているはずです。そのためには、お子さんが自分の価値基準を形成するためにできることを手助けする。それは学校教育を与えることかもしれませんし、何よりも大切なのは、自分の価値観を押し付けないことです。子どもが自己の価値基準を形成する最大の阻害になるからです。

要するに、好きなようにしてください。僕には成人した娘がいますが、自分にとって何がいいのか、何が悪いのか、自分で判断できるようになってくださいというスタンスで僕はずっと接してきました。その結果、気質というのはやっぱり遺伝するもので、ほとんど僕と同じような性格です。彼女は自分の好きなようにやっています。普通の親が見たら「大丈夫なの?」と言いたくなるのでしょうけれど、僕は、本人は自分の基準で生きていて幸せそうだな、とても良かったなと。

――価値基準を養うための方法はありますか。

楠木
本を読むという行為は僕にとって一番手っ取り早い方法です。あるいは、人との対話。自分の価値基準を考えるきっかけになることは、日常生活の中に山ほどあります。

幸いにして、僕の娘は本を読むのがものすごく好きです。娘がまだ自分で本を読めなかった頃には僕が本を読み聞かせることもありましたし、僕自身の価値基準について話すこともよくありました。ただ、それを娘に強制するのではなく、「僕はこういう価値基準でこういう判断をしているのだけれども、あなたはどうなの?」という感じで、本人に価値基準を言語化させていました。

我が子とは言っても、自分とは違った人間です。性格が似たとしても、育った環境は違う。人格の独立性と価値基準、この2点を自分で練り上げることができる。それこそが教養です。

ただ、親というものはその2点をないがしろにしがちです。例えば、自分が生きてきた人生を子どもに強制してしまう。もしくは「ほかの人がいいと思っている状態こそがいいことなんだ」というふうに、幸せがすり替わってしまう。

「幸せとは、ほかの人がいいと思うものを持っていることではなく、自分がいいと思うものを持っていることである」という名言があります。まさにそのとおりです。親としては、そこがぶれないように子どもと接していけばよいと思います。

――ありがとうございます。とても参考になりました。

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楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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