地域のコミュニティと企業が直接コミュニケーションを図り、社会課題の解決に挑む。そんなコミュニティと企業との新たな関わり方が近年注目を集めている。2022年9月22日、日立の研究開発グループは「社会イノベーションとコミュニティ」をテーマに「協創の森ウェビナー」を開催。『パーパスモデル 人を巻き込む共創のつくりかた』を著した株式会社日建設計の吉備友理恵氏をゲストに迎え、神奈川県三浦半島の農家と日立による協創プロジェクトをリードした日立のデザイナー、金田麻衣子との対談を2回にわたってお送りする。

「前篇:共創を可視化する『パーパスモデル』」
「後篇:地域の課題解決に向け、企業に求められるもの」はこちら>

三浦半島の農家×日立のデザイナー

高田(ナビゲーター)
ナビゲーターの日立製作所 高田将吾です。「企業の立場でリアルなコミュニティに関わり始めて思うこと」をテーマに、株式会社日建設計のイノベーションセンターでプロジェクトデザイナーとして活躍されている吉備友理恵さんをゲストに迎え、日立製作所でデザイナーとして活動する金田麻衣子との対話を通じて「地域コミュニティと企業の関わり方」について掘り下げていきます。

左からナビゲーターの日立 高田将吾、日建設計 吉備友理恵氏、日立 金田麻衣子

吉備
日建設計の吉備友理恵と申します。社内のイノベーションセンターで、社内外をつなぐことで新たな動きを生み出すという役割を担っています。また、国内外の共創事例を調査し、共創を可視化するためのツールとして「パーパスモデル」を考案し、『パーパスモデル 人を巻き込む共創のつくりかた』として書籍化しました。会社という枠組みにとらわれずに、さまざまな共創活動を支援しています。

金田
日立でデザイナーをしております金田麻衣子です。本日はよろしくお願いします。サービス&ビジョンデザイン部で、フューチャー・リビング・ラボ(※)という活動を神奈川県の三浦半島をフィールドに地域の皆さんと一緒に推進してきました

※ 人々の具体的な生活の場である地域社会から、未来をつくる活動。日立は、一般の市民をはじめ、NGOやNPO、中小の企業、政府・自治体との協創を通じ、未来の地域社会のためのビジョンづくりをめざしている。

高田
金田さんは三浦半島に実際に入って活動する中で、興味深かったことや学びになったこと、時には大変だったこともあったと思います。まずはその辺りのエピソードを教えてください。

金田
2019年に初めて三浦海岸の農家さんの直売所にお邪魔し、農業や地域に対する思いを伺いました。皆さん最初は、「なぜここに日立が?」という思いを持たれたはずですが、日立のビジョンデザインチームのデザイナーがなぜ三浦に来たのかをお伝えし、たくさん対話の時間をいただくことでお互いの考えを共有し、フューチャー・リビング・ラボの活動がスタートした経緯があります。

三浦半島の農家の方々と日立のスタッフによるビジョンデザイン活動の様子

わたしたちはそもそも農家さんの活動をよくわかっていなかったので、カブの収穫にご一緒させていただくところから活動を開始し、普段どんな考えを持って農業に携わってらっしゃるのかをお聞きする対話の機会を多くいただきました。これからの時代で大切なのは、社会のしくみと地域住民の方々の「関与」のあり方なのではないか。そんな思いを持って、わたしたちは、この活動を推進して参りました。

プロジェクト推進の「設計図」と「コミュニケーションツール」

高田
金田さんのお話から、地域の方々が農業に対してお持ちの考えと、日立がデザインを通じて取り組んできたこと・取り組んでいきたいことをすり合わせ、共通の活動目的を形成していく過程が三浦半島での活動であるという印象を受けました。まさに地域と企業による「共創」の取り組みですが、ここに吉備さんが提唱される「パーパスモデル」が活かされるのかなと思います。吉備さん、「パーパスモデル」とはどのようなものかご紹介いただけますか。

吉備
単なる技術の実証やサービスの検証ではなく、金田さんのお話にあったように地域の方々と大企業とがコミュニケーションをとりながら地域の課題、ひいては社会の課題をともに考えていく取り組みはまだ少なく、とても貴重な活動だと思います。双方にとって何かしら目に見えるものをベースにすることで、対話を重ねていくことを助けるツールが、こちらに示すパーパスモデルです。

まず、プロジェクトの共通目的を中心に据え、その周りに活動に関わる方々を配置する。それぞれの関係者が、どんな目的のもと、どんな役割を担っているのかがひと目でわかる。簡潔に言うと、これがパーパスモデルです。

パーパスモデルには大きく2つの特徴があります。1つが、主体性という軸で図を上下にわけている点です。図の下側が、プロジェクトに主体的に関わる「共創パートナー」。通常の業務のような企業=提供者、顧客=受益者という関係ではなく、あくまでも同じ目的意識を持っているパートナーという位置づけの方々を指します。

もう1つの特徴は、関係者の属性を企業、行政、市民、大学・研究機関・専門家の4つに色分けして表現している点です。図がカラフルであるほど、さまざまな属性の方々がプロジェクトに関わっていることになります。

いろいろな立場の方が関わっているプロジェクトをどのように進めていくべきかを考える際の設計図であり、関係者の方々と一緒に見ながら対話をしていけるコミュニケーションツールでもあるのです。

日建設計 吉備友理恵氏

日立の社員が、農家と目的を共有した瞬間

金田
吉備さんのお話を聞かせていただいて思い出したエピソードがあります。三浦半島の農家さんを訪れるようになって1年半ぐらい経った頃、ほかの農家の皆さんに日立のメンバーを紹介していただく機会がありました。そのとき、こんなふうに紹介してくださったのです。

「この日立の人たちは、我々地域住民と一緒に、何かを考えていこうとしている。だから、彼らがすでに答えを持っているわけではない。我々に何かを売りたいわけではないから、そこは安心していいんだよ」

その言葉を聞いたとき、まさにパーパスモデルでいうところの「共通目的」に近い感覚を持ちました。

日立 金田麻衣子

それまでわたしが携わってきた企業同士のプロジェクトでは事前に目的や関係者が明確だったため、どうしたら会社員の立場で地域のみなさんと信頼関係を築くことができるのか、わかりませんでした。実際にどう地域の方々との信頼関係を構築していったかと言うと、例えば直売所のプロトタイプを地域の方々と丁寧に議論しながら試作し、実際に設置させていただいたり、農家さんとともに能動的に対話できる地域の方と対話を繰り返したりという地道な作業の積み重ねの末に、パーパスモデルで言う「共通目的」の共有に近づくことができていたのかなと思います。(後篇へつづく)

「後篇:地域の課題解決に向け、企業に求められるもの」はこちら>

吉備友理恵(きび ゆりえ)
株式会社日建設計 イノベーションセンター プロジェクトデザイナー
1993年生まれ。神戸大学工学部建築学科卒業。東京大学大学院新領域創成科学研究科社会文化環境学専攻修士課程修了。株式会社日建設計 NAD室(Nikken Activity Design Lab)に入社し、一般社団法人Future Center Alliance Japan(FCAJ)への出向を経て現職。都共創を概念ではなく、誰もが取り組めるものにするために「パーパスモデル」を考案。2022年、共著『パーパスモデル 人を巻き込む共創のつくりかた』(学芸出版社)を上梓。

金田麻衣子(かねだ まいこ)
日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ サービス&ビジョンデザイン部 主任デザイナー
2004年、日立製作所に入社。医療製品や金融製品のUI・UXデザインを担当したのち、顧客協創における方法論研究や新事業創生プロジェクトに従事。2019年より現在のサービス&ビジョンデザイン部に在籍し、未来洞察ワークショップによる協創活動や地域の将来について、地域の場で生活者とともに活動・模索するフューチャー・リビング・ラボを推進。

ナビゲーター 高田将吾(たかだ しょうご)
日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ サービス&ビジョンデザイン部 デザイナー(Associate Designer)
2018年、日立製作所に入社。MaaSや鉄道事業を中心としたモビリティ分野をはじめ、都市・交通領域におけるパートナー企業との協創をサービスデザイナーとして推進。2020年より、都市における移動の将来像を検討するプロジェクト「New Normal Mobility」に参加している。

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