一橋ビジネススクール教授 楠木建氏
楠木氏がすすめる「読まずにいられない本」を手に入れる方法とは。前回に続き、日本を代表する歴史ある避暑地、長野県軽井沢町にて取材。敢えて人目につきにくい場所にさり気なく店を構える書店「やなぎ書房」にて語っていただいた。

「第1回:『タイパ』と読書。」はこちら>
「第2回:『事後性』の克服。」はこちら>
「第3回:2時間と2万円。」
「第4回:Reader’s High。」はこちら>
「第5回:やなぎ書房とPASSAGE。」はこちら>

※本記事は、2022年6月12日時点で書かれた内容となっています。

「自分が今どうしても読まずにはいられない本」を、どうやって目の前にそろえるか。僕のおすすめは、まず2万円を持って本屋に行くことです。そのために最低でも2時間は確保してください。都内で言う丸善のような、できれば大きな本屋のほうがイイ。この場合、インターネットでの購入はおすすめできません。ネットには本を効率良く入手できるという側面がありますが、本との出会いの性能はよろしくない。大きな本屋ですと、ジャンルやテーマ別に本が並んでいます。そのなかでも特に自分が関心のある書棚の前に立ち、「これは読んでみたいな」とちょっとでも思える本があったら、まず手に取ってめくってみる。これが、ネットではなかなかできません。

本を開いたら、目次や前書き、本文の書き出しをちょっと読んでみる。この時点でピンと来なければ、その本は決して買ってはいけません。僕自身も本を書いていて実感することですが、本の冒頭部分には「自分の書いたものをぜひだれかに読んでもらいたい」という作者の思いが最も強く込められています。本を通じて言いたいこと、読者に感じてもらいたいことなど、作品の魅力が読み手に一番伝わるようなことを作者は前書きで書くはずです。にもかかわらず、そこを読んでもピンと来ないのであれば、少なくとも自分には向いていないということです。買っても積ん読になるのがオチ。絶対に買ってはいけない。こんな感じで2時間書棚を見て回れば、ピンと来る本がだれしも10冊はあると思うんです。平均して1冊2,000円だとして、10冊で2万円の予算があればいいでしょう。

ここでのポイントは、「読む“べき”本だから」という理由で選ばないことです。「ためになりそうだ」というのもダメです。あくまでも「今どうしても読み“たく”なる本」だけを10冊買う。例えば、丸善の丸の内本店に2万円を持って向かうとします。お店に入ると1階にベストセラーがダーッと平積みで並んでいる。ここはスルーしてください。今売れていて、みんなが読んでいる本だから「イイ本なんじゃないか」「読むべきなんじゃないか」「読まなきゃいけないんじゃないか」という気持ちにさせるものが多い。この際、この手の本は最悪の選択となります。迷わずエスカレーターに乗り、2階から本探しをスタートしてください。

本選びの基準は「家に帰ってすぐ読みたい」本。なんなら、家に向かう前に、本屋の近くにあるカフェに立ち寄って読み始めたくなるような本。そういう本だけを10冊選ぶ。

ある程度どのジャンルも網羅している大きな本屋に2時間も滞在したのに、ピンと来る本が10冊もなかった――そういう人は、読書という行為そのものが向いていません。読書はきれいさっぱり忘れたほうがイイと思います。知的で有意義な活動は読書以外にもたくさんあります。人との交流、映画鑑賞(もちろん倍速再生ではなく)、そのほか趣味としてのさまざまな文化活動、スポーツも精神にとってすごくイイ作用がある。「自分は読書以外の活動で精神を豊かにすべきだ」ということを、再確認できる2時間となるはずです。それだけでも、やってみる価値はある。

それでもほとんどの人は、10冊では足りないほど今すぐに読みたくなる本が見つかると思います。自由な時間が取れる夏休み、2万円を持って(できるだけ大きな)書店で2時間過ごしてみてはいかがでしょうか。

(撮影協力:旧軽井沢 やなぎ書房)

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楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

やなぎ書房(長野県軽井沢町)

今回撮影にご協力いただいたのは、旧軽井沢の「やなぎ書房」。築100年の古民家を改装して2021年8月にオープンしたセレクトブックショップだ。店主は創薬ベンチャーの起業家で楠木氏とは一橋大学の同僚でもあった所源亮(ところげんすけ)氏。「知的欲求をくすぐる本」というコンセプトで、岩波文庫、中公新書、講談社ブルーバック各全冊のほか、文明論から宗教論、科学全般まで古典として長く読み継がれてきた本を多く取り揃えている。一般の書店とは異なり、書籍はすべて出版社からの買い取りという点も特徴の1つだ。「避暑に訪れた人たちが、軽井沢のゆったりとした時間のなかで読書に浸れる空間を提供したい」という所氏の思いから、店内の本は1階の大テーブルや2階の和室などの読書コーナーで自由に読むことができる。宇宙科学をはじめ各界の第一人者が語る「夜話(よばなし)」を昨年は数回開催し、今年はインド仏教や仏教建築などの専門家によるトークを計画している。11月まで営業の予定。軽井沢にお越しの際は、路地裏にさり気なく佇むやなぎ書房をお探しになってみてはいかがだろうか。

<やなぎ書房イベント「やなぎサロン」開催のお知らせ>
『楠木建お茶会トーク』―楠木建先生の点てる抹茶を一服差し上げます―

9月4日(日)、やなぎ書房にて楠木建氏によるお茶会トークを開催。楠木氏のお点前による抹茶を一服いただいたのち、楠木氏を囲んでのフリートークを予定しています。時間は ①10:00〜12:00、②14:00〜16:00。それぞれ8名様限定、会費7,000円。参加ご希望の方は下記までお電話にてお問い合わせください。

やなぎ書房
〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢 859-1
電話番号 090-9548-8090 (平日13:00~17:00)

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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ご参加をお待ちしております。