一橋ビジネススクール教授 楠木建氏
「事後性」という読書の特徴と、ご自身も経験した読書の落とし穴とは。今回も日本を代表する歴史ある避暑地、長野県軽井沢町にある書店「やなぎ書房」にて取材。古民家ならではのゆったりとした時間が流れる店内にて語っていただいた。

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「第2回:『事後性』の克服。」
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※本記事は、2022年6月12日時点で書かれた内容となっています。

以前僕が書いた『ストーリーとしての競争戦略』の要点を第三者がまとめた解説動画が、いくつかYouTubeにあがっています。この手の動画はだいたい「10分で解説」「5分でわかる」といった威勢のいい文句がタイトルに付いているのですが、実際に観てみると全然わかっていない(笑)。

なぜそういう動画を観る人が一定数いるのか。もともと文字で書かれていたものに、あえて音声や動画を通じて触れたいのはなぜか。おそらくですが、読むという行為がとてもイヤなのだと思います。前回お話ししたタイパを本当に高めたいのなら、本を読んだほうが絶対に速いので。

気持ちはわからなくもありません。例えば、僕は走るという行為がすごく苦手、というかイヤです。友人に福田萌子(もえこ)さんという人がいます。彼女のライフスタイルが「とにかく走る」。主な職業であるモデルとしての仕事に加え、アディダスとアンバサダー契約を結び、ご自身もユーザーとしてアディダスの商品を身につけ、世界中を走り回ったりロードバイクを乗り回したりしている。ときには2週連続でマラソンに出場することもあるそうです。

僕にとって彼女の第一印象は「この人とは気が合わないな」。その後、案外と考え方に近いものがあるということがわかり、たまに彼女との雑談を楽しんでいます。僕にしてみれば彼女はヘンな人で、ちょっと目を離すとつねに走っている。先日何人かで集まったときに、「ちょっと走ってきた」と言いながら姿を現したので、いったいどのくらい走ってきたのか聞いてみたら「15キロ」。

彼女にとって、走ることには非常に大きな意味があり、生活に欠かせないものになっている。それは理解できますが、僕としてはぜひ避けたい(笑)。本を読むのが嫌な人も、きっとこんな感覚なのだと思います。福田さんに「なんでそんなに走るのが好きなの?」と聞くと、「説明できない」と。「子どものころから好きだったわけではないのだけれど、あるときからこうなった。走ることの楽しさをわかってもらうためには、まずは走ってもらわないといけない」とおっしゃいます。僕も、「走ることには意味がある」と頭ではわかる。でも、体と心がついていかない。

読書もそれと同じで、この連載で何度か言ってきた「事後性」がきわめて高い活動です。やってみないと良さがわからない。「まずは四の五の言わずに読め、そのうちわかるから」という話になってしまう。読書における「事後性」をどう克服していくか。どうしても本を読むのが億劫だという人は、まとまった休暇が取れたときに自分なりの読書の仕方を考えてみるのもイイと思います。

「積ん読(つんどく)」という言葉があります。買ったけれど、読んでいない。「この本は重要だ、読むべき本だ」と思って入手したのに、読んでいない。そういう本は絶対に読まないほうがいいと僕は思います。なぜなら「結局、読みたくないから」。積ん読本を読むことから読書習慣をスタートさせようというのは最悪のパターンです。

僕は競馬を観るのが好きでして、なかでもステイゴールドという非常にドラマチックな競走馬生活を送った馬が一番好きです。そのステイゴールドをモデルにした『黄金旅程』という長編小説が出ていることを知り、「これは読まねば」と勢い込んで購入しました。結果、半年間読まずに放置です。

最終的には面白く読んだのですが、小説というジャンルがそもそも僕の体質に合わない。ステイゴールドの事実は、実際の記事を読んだり映像を観たりして味わうべきものです。大好きな競走馬がモデルとはいえ、あくまでもフィクションである小説の世界に僕はどうしても感情移入できませんでした。

僕はこの経験から、自分の性分には絶対に逆らってはいけないことを学びました。普段読書から遠ざかっている人にまず実践していただきたいのは、今積ん読になっている本はいったん全部忘れる。今どうしても読まずにいられない本を読む。これが読書における「事後性」を克服するための最善のアプローチです。だとしたら、そういった「読まずにいられない本」を手に入れるにはどうすればいいか。次回はその方法についてお話しします。

(撮影協力:旧軽井沢 やなぎ書房)

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楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

やなぎ書房(長野県軽井沢町)

今回撮影にご協力いただいたのは、旧軽井沢の「やなぎ書房」。築100年の古民家を改装して2021年8月にオープンしたセレクトブックショップだ。店主は創薬ベンチャーの起業家で楠木氏とは一橋大学の同僚でもあった所源亮(ところげんすけ)氏。「知的欲求をくすぐる本」というコンセプトで、岩波文庫、中公新書、講談社ブルーバック各全冊のほか、文明論から宗教論、科学全般まで古典として長く読み継がれてきた本を多く取り揃えている。一般の書店とは異なり、書籍はすべて出版社からの買い取りという点も特徴の1つだ。「避暑に訪れた人たちが、軽井沢のゆったりとした時間のなかで読書に浸れる空間を提供したい」という所氏の思いから、店内の本は1階の大テーブルや2階の和室などの読書コーナーで自由に読むことができる。宇宙科学をはじめ各界の第一人者が語る「夜話(よばなし)」を昨年は数回開催し、今年はインド仏教や仏教建築などの専門家によるトークを計画している。11月まで営業の予定。軽井沢にお越しの際は、路地裏にさり気なく佇むやなぎ書房をお探しになってみてはいかがだろうか。

やなぎ書房
〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢 859-1
電話番号 090-9548-8090 (平日13:00~17:00)

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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